キス魔と自覚前
**雑談タイム
ごしごしと口許を手の甲で拭う。
そうしたって汚れは手の甲に移りはしない。
目に見えるような汚れなんか付いていないから当たり前。
ただの気休めだ。
「……アンタに言いたいことがある」
「なんだ」
町外れでたまたま出会った白い奴は、こてんと不思議そうに首を傾げた。
「……いい加減一般常識と良識と見解を覚えろ。って、毎回言ってるだろ」
会う度そこかしこに触れるソコは、最近は特に手だとか肩とかではなく明らかに意図的にしか触れる筈の無い場所で非常に反応に困る。
これが気色悪い意味を持つものならば問答無用で張っ倒し、何時かの日のように個人的に真剣を持ち出しても構わないのだが、どうもそれとも違う気がする。
大抵気色悪い奴はその気色悪さが滲み出ているものだがそれが感じられない。
顔のせいもあるかもしれないが、どうも俗っぽい事をしているようには思えないんだ。
恐らく、暫く人との交流が久しいデュークなりの挨拶かなにかだからだろう。
そう思うことにした。
オレがそう思うことにしたってだ。
周りから見ればそれはまた違う風に見えてしまうだろう事はわかりきっている。
それは流石に勘弁願いたい。
「何の事だ?」
しかしそんなオレの思いは通じない。
「っだから、さっきみてぇの」
「さっき?」
まぁ、相手は挨拶だと思っている普通の行動なのだろうから繋がらないのは仕方無いかもしれない。
「……普通、ただの知り合い相手に、それも男同士でだな、出会い頭にああいうのはしないんだ」
「出会い頭……」
ここまで言って通用しないとは疲れる。
流石に擦りすぎて痛くなってきた口許から手を離して、抱えたくなった頭を抑えた。
「だから……、なんつうか……、」
「ああ、口付けのことか」
オレが恥を忍んで口にしようと思った言葉は閃いたように相手から躊躇いもなく出て来た。
相変わらずの能面に対して自分の顔に熱が集まるのが悔しい。
「可笑しいな。話に聞いていたことと違うのか……」
「いったい誰だそんな嘘吐く奴は……」
ギリギリと歯軋りしたくなる気持ちを押さえ付ける。
ともかく、だ。
そういう事は普通そんな簡単にするものじゃない。
今はまだ町中でも町外れで人通りが少ないから良いものを、いや良くないが。
時と場所と場合と相手を考えてするものだ。
少なくともオレはそう思っている。
「どんな話を聞いたかは知らねぇけど、その知識は間違ってっから今度からすんなよ」
「それは聞けない」
なんで!
張り上げようとした声は出なかった。
息が止まっていた。
口の上の方、具体的には上唇。
柔らかなのがオレのそれを軽く食むように挟んで離れたからだ。
「……っ、……っ、……っ!」
「私にも欲はあるからな。それは聞けない」
「っんな!」
「さらばだ」
大変な問題発言を残して、何事もなかったのように去っていくデューク。
残された方の身にもなってくれ。
「な……んなんだよ……アイツ……」
短時間の間に二回も、口にされた事に顔が火照る。
欲って……絶対オレが思い浮かべたようなものじゃないだろ。そうに決まってる。
きっと欲の意味も妙な嘘を付かれて妙な勘違いをしているのだ、そうに違いない。
今はまだ被害を受けているのが知る限りオレだけだから良いものを……、拡大したら大変なことにならないか?
……今度。
今度また会ったら、またされるのだろうか。
毎度毎度、よく飽きないものだ。
今日はあんまり話せなかったから、次に会ったらそこんとこもちゃんと言わないと。
なんてこたぁ、いつも言ってる気もするが、言わなきゃ気がすまない。
――次はゆっくりできりゃあいいけど……。
「……してどうすんだ」
なんとなく自問してしまったが、まぁ、することはオレにとっては一つしかないだろう。
雑談なんて、互いに余裕がなきゃできないからな。