仲の良い未満な二人⇒成立





**伝えるのは溢れるばかりの思い




 デュークは遂に意を決した。
 もう、堪えられない。
 元より、本能とは違うと言えど限りなくそれに近い衝動に抗うことなど不可能に近いのだ。
 やるしかない。
 決意したが早い行動に、ユーリは目を剥いた。

「ちょ……お前っ、なにする気だっ!!」
「すまん……」
「説明になってねぇっ!」

 ユーリはデュークが伸ばした腕を抑えた。
 何を考えているのかはわからないがろくでもないことに違いない。

「デューク落ち着け」
「私はかつて無いほど冷静だ」
「どこがだっ!」
「……ユーリ、手を離せ」

 動きを制されながら、それでもデュークは手を伸ばし、それに触れた。
 指先に触れたそれを、なんとか手に握る。

「っ止めろデューク!」

 ユーリはデュークの腕をより強く抑えつけた。

「止めてくれるな」

 デュークはその端正な顔を歪めながら苦し気に言った。

「決めたのだ。私は……」

 苦し気ながらも、確かにその重い決意を露にした。

「私は、僧になる」
「なんでっ!?」

 ユーリは疑問の声を上げながらも、一瞬の不意を突いてデュークの手から鋏を奪い取ることに成功した。

 唐突に鋏を手にするから何事かと思えば僧。
 僧になると言う。
 全く意味がわからない。

「なんでいきなり坊さん!?」

 前振りもなにもあったもんじゃない発言に再び叫ぶよう問うが、デュークはそれに答えなかった。

「別に神職でも構わんがこれも一つのけじめだ。ユーリ、それを返せ」
「嫌だ」

 即答。
 ユーリは鋏を何があろうと離さまいと握りしめた。

「なんでいきなり坊主になるとか言ってんだよ。どうしたんだよっ」

 つい先程までと一変してしまった状況を理解できない。
 全くもって脈絡が無さすぎる上意図が理解できない。
 次いでにデュークが発した言葉もユーリには理解できなかった。

「世界の為だ」
「はあっ!?」

 恐らくどこの誰が聞いても理解に苦しむはずだ。
 しかしもしいるのならば通訳できる奴来い。今すぐ来い。十万ガルドで雇ってやる。
 そんなバカな事を考える暇もなく、ユーリはデュークを思いとどまらせようとした。

「まてまてまてまてっ、いったい何が何でどうしてお前が坊主になることが世界の為になるんだ。そんなことが世界の為になるのか。とりあえず理由はさておきやめろ。坊主になるだなんて馬鹿げたこと言ってんじゃねぇよ。アンタは十分そこらの神職より神職らしいから今更坊主になる必要なんかないだろ!」
「世界の為だ」
「だからなんでっ!!」

 もはや悲鳴に近かった。
 ユーリの悲痛な叫びは流石にデュークをたじろかせ、考えを改めさせたのだろう。
 デュークは鋏に向かって手を伸ばすのを止めた。

「……」
「……ちゃんと説明しろよ」
「……世界の為だ」
「具体的に」

 厳しく言えばデュークは益々顔を歪めた。

「だから……その、……」

 次いで口ごもるデューク。
 口を妙に曲げ、目が泳ぎっぱなしだ。
 ユーリはそんなデュークを逃がすものかと見据え、先を促した。

「……」
「……」
「……」
「……デューク?」
「……」
「……おい」
「……に、」

 フイっと顔を逸らすと、デュークはポツポツと言った。

「その、……、お前に……ょ、邪な思い、を……と、だな…………」
「よこしま……?」

 よこしま、横縞、横島、邪。
 邪?
 首を捻るユーリには気付かないデュークはまだぽつぽつと続けている。

「こんな……世界の摂理に反する感情……いや、感情だけならまだしも……欲求の捌け口にしようというのは間違っている。世界の理を私が……そんな……」
「……デューク?」

 頭を抱え、もはやユーリの事など目に入っていないのか、気にもせずデュークは吐露する。
 まるで、自分に言い聞かせるように、

「まだ、平気だ。決して非生産的行為など望んでなど……望んで……ない。まだ平気だ。世界の連鎖を崩してはいけない……」

 思い詰めた表情でブツブツと呟く。

「デューク、だい……っどこ行くんだよ!」

 大丈夫かと思わず尋ねようとしたユーリだったが、デュークがふらりと背を向けたことによって引き留める言葉に変わった。

「デューク!」
「……もう、会うことは無いだろう」
「待てよっ!」
「っ、」

 ついには言葉だけでなく、伸ばした手で物理的にも引き止めた。

「ユーリ、離してくれ」
「嫌だ」

 殊更強く握り締めた手。
 デュークは苦し気に頼み込む。

「お願いだ……、離してくれ」
「嫌だ」

 握り締める手から逃れることできず、デュークはようやっと体をユーリに向けた。

「ユーリ、」
「なんでだよ」

 説得するため向けた意識は逆に捕らわれた。

「なんで?」
「……世界の、」
「さっきの、邪がどうのって話のせいか?」
「……」
「なにが邪なんだ。オレには、わかんねぇよ……」
「それは……」
「……いやだ」
「な、っ」

 一際強く握り込まれ、小さく呻く。

「ユーリ、痛い……」
「アンタに会えなくなるなんて、嫌だ」
「……」

 締め付けが緩んだ。
 手が離れ、解放される。
 けれど、デュークの足は動かなかった。

「ユーリ……」

 俯いてしまったユーリに向かって、立ち尽くす。
 デュークは己の選択に揺れた。

「……アンタがどっか行くっていうなら、付いてく」

 俯いたままのユーリが言う。

「ずっと、どこにだって付いてくぞ。オレは、諦めわりぃし、しつこいんだ」

 言葉がデュークを足留める。

「……行くなよ……」

 消えそうな言葉が、一番胸に響いた。


「……なぜ、」

 思ったことがそのまま口から溢れる。

「なぜ、そんなに……」

 言っても良いものか、躊躇ったのは一瞬。
 単純な理由だ。

「……好き、だから……」

 ユーリ自身、馬鹿らしい理由だとは思っていた。
 デュークは色事に全く興味が無いように見える。
 そういう意味での好意だった。
 だから、たったこれだけで引き留められるなんて思っていない。
 だいたい、自分達は男同士。
 全く意味の無い理由だ。
 それでもユーリは言った。
 傍に居たい一心だった。

「……」

 しかし、ユーリはそれ以上の言葉を思い付けずにいた。
 幸いにもデュークが背を向けることは無かったが、沈黙が続く。

「……傍に……、居たいんだ……」

 苦し紛れに発した言葉も同じだ。
 きっと、意味がないだろう。
 理解されないだろう。
 ユーリはそう思っていた。

「す、……き……?」

 事実、デュークは不思議そうに、まるで未知の言葉を聞いたかのようぎこちなく言葉を繰り返した。

「そばに、いたい?」

 ――馬鹿なことを言った。
 益々ユーリは俯いた。
 だが、言ってしまったことを撤回するつもりはない。
 顔を上げることもできず、落ちそうな頭をほんの少しだけ上下に動かし肯定した。
 未だデュークに立ち去る気配はない。
 代わりにユーリは痛いほどの視線を感じている。
 なんとかならないものか。
 存在しない第三者に助けを乞いたくなってきたユーリに降ってきた言葉は紛れもなくデュークの声で、しかし驚くべき言葉だった。

「……いいのか?」
「ぇ、」
「そう、思っても……、いいものなのか?」

 この世の哺乳類には雄と雌。人で言えば男と女がいる。
 人はその異性間で交配し、子々孫々の血を繋ぐもの。
 それが人としての自然の摂理。
 どう足掻こうが同性ではそれは望めない。
 それなのに、

「私は……、そう思っていても、よいのか?お前が好きだと、傍に居たいと……」

 有ってはならない感情だと思った。
 異常だと思った。
 世界を歪めるものだと思った。
 けれど、

「ぃ……、いいに決まってるだろっ!」

 ドンっと衝撃を受け止めて、感じたものに目を見張る。
 ぎゅうっと身体を締め付けてくるものに身体が固まった。
 ――今身体に感じている触感も熱も、嘘では、ない。

「お前が、嫌だって言っても、もう遅いからなっ!」

 肩に顔を埋め更に強く抱き締めるユーリの背に、ぎこちなく腕を回す。
 腕に収まった熱を肌に感じ、漸く肩の力が抜けた。

「……たぶん、それは…………私の、台詞だ……」

 ユーリとは違いその腕は軽く支えるように回されただけだが、それに込めた思いの強さも意味も恐らくそう違い無いだろう。