無自覚s

 

**愛の秘奥技

 

「どうしても納得いかない」

 ユーリは頗る機嫌が悪かった。
 そしてそのイガイガとした感情を一身に受けているレイヴンはといえば、なぜ自分にそれが向けられているのかさっぱりワケがわからなくて頭を捻っていた。

「一体なんなのよ」

 声が若干こもっているのは、顔半分を隠した布によるためだ。
 ――別に、悲しくて口が上手く開かないとかじゃないから。
 もごもごと言えば、それだと指された。

「これ?」

 しゅるりとレイヴンが呼吸器を覆っていた布を取ったとたん、いままで辛うじで誤魔化せていた臭いが鼻について顔をしかめた。
 しまった。取らなきゃよかった。
 しかし会話をするのには少し煩わしいから仕方ない。
 それに、作業はもうしてないし、完成品もない。臭いを放つものには蓋をしてあるからとりあえず我慢できる程度だ。
 臭い……だなんていったら目の前にいる青年の鉄拳を喰らいそうだから匂いに訂正しよう。

「そう。それ」

 せっかくの整った顔を歪めてユーリはレイヴンを睨み付ける。

「匂いだけでも嫌なくせに、なんでこんな美味いの作れるんだよ」

 ぺろりと唇についていたクリームを舐めとったユーリの前には、空になった皿が置いてある。
 ちなみに言わなくてもわかるかもしれないが、数秒前まではレイヴン手製のクレープが乗っていた。
 おそらくは、
 甘いものが大好きで、日々より美味しい甘味を研究(……まではしてないか?)する彼が作るものよりも、味見もなにもしない、匂いでさえも甘いもの嫌いのレイヴンが作る甘味の方が美味いのが納得いかないのだろう。
 実際に美味いのかどうかレイヴンにはわからないけれど。

「だからー、女の子のハートゲットするために孟特訓したんだってばぁ」

 男の子のハートもゲットできるとは思ってなかったけど、と言う言葉は飲み込んだ。

「それにしたって美味すぎる」

 彼としてはこの美味いものを自分で、好きなときに、いくらでも作りたいのだろう。
 ユーリは銜えたフォークを意味もなく悔しげにガジガジと噛んだ。
 彼の親友がいれば行儀が悪いと言い始めるのだろうが、レイヴンは人のことを言えた礼儀作法なんて普段していないのでそのままその姿を傍観した。
 ――別に、そのむくれっ面を可愛いな、なんて思ってないんだからね。珍しがってるだけ。

「でも、青年の作るのだっておいしいんじゃなぁい?」
「当たり前だ」

 うわー、すごい自信。と感心しながらも、以前特別に作ってもらった甘さ控えめの甘味を思い出す。
 確かに甘かったのだけれども、絶妙なほろ苦さとあっさりした甘さのコンボに舌鼓を打ったのはまだ記憶に新しい。
 あれだけのものが作れるならば、ユーリが通常作っている甘ったるい臭……匂いを放つものは、おっさんの作ったしょっぱい(いや、味的にはもちろん甘いけど)スイーツなんて屁でもないと思うのだが……いかんせん食べ比べだなんて自殺行為、自分にはできないから彼の感覚を信用するしかない。

「でも、おっさんの作るのが一番美味いんだよな」

 大好きな甘味の味を思い出しているのかフォークを銜えたまま、甘い息を吐くユーリは大変色っぽく妙にドキドキする。
 ――だからと言って別に、甘味を食べているときにだけ見せる、とろんと無防備にほころぶ表情が見たくて作ったワケじゃないわよ。
 おねだりされただけで(もちろん素敵な報酬付き)。

「そうー?」
「……なんでだろうな」

 使ってる食材は同じだし、違いと言えば分量配分しか考えられないが、見た感じ(二人とも計量器は使ってないからまんま見た感じ)大差なかったし。
 なぜ?と首を捻るユーリにちょっとしたお茶目心を発揮してレイヴンは高らかに声を上げた。

「わかったわよ青年っ!!大して美味しくもないのに美味しいと感じてしまうのに近いそれはずばり、愛の成せる秘奥技っ!!いやん、おっさん愛されてたのね〜ん」
「はい不正解」

 間髪入れずの返答にレイヴンはちびっとだけ胸が痛くなった。
 ――勘違いしないで欲しい。別に、愛を否定されたことにショックを受けたわけじゃなくて、そっけない態度にほんのちょびっとだけ寂しがりやな心が痛んだだけよ。

「おっさん。次生地薄目でよろしく」

 カンカンと皿を叩きながら新たな甘味を要求しはじめたユーリにレイヴンは目を剥いた。

「えっ、まだ食べるの!?」

 かれこれ既に四枚は焼いている生地。クリームなんて足りなくなって一回作り足したのにまだ食べるのか。
 まぁ、そのおかげもあって材料はまだあるけれどもどんくらい強請る気よとレイヴンが言うとユーリは不敵に笑った。

「期待しとけって」
「いや、そっちも気になるけどね?」

 お前さんの腹も気になるよ(けっして性的な意味じゃないわよ。え、なにが?……失言です。お水に流してください)と言えば、なにやら神妙に頷いて。

「美味いのはいくらでも入る」

 まぁ、これで最後にしといてやるよと言った。
 酒も美味い。常連の女もいいという酒場を聞き出すという当初の目的の為、レイヴンは大分中身の減ったボウルを手にとった。
 ――だからあのね、別に、やっと地獄から解放されると思って嬉しがってるだけなんだからね。たしかに褒められて悪い気はしないけど。

「煽てたって、なにも出ないわよ〜」
「今から作るんだろ。ほれ、さっさとしろ」

 別段変わりの無いユーリの催促にレイヴンはため息をひとつ吐いた。
 ――別に、期待してたわけじゃないからね。なにをと言われてもわからないけど。

「はいはい。おっさんの事がだーい好きなユーリ君の為に愛情込めて作らせていただきますよ」
「精々気張って作ってくれ」

 またそっけなく突っ込まれるか否定されるかだろうと思っていた台詞がスルーされて、なんとも言えない気分になったレイヴンはにやける顔を精一杯引き締めて作業に取りかかった。
 ――何度も言うけど、別に、あれよ。寂しがりやなおっさんとしてはちょこーっと嬉しかっただけなのよ。絶対に。
 甘い匂いが立ち込める中、布切れを着け忘れてることにも気付かずに、レイヴンは数分後無事に会心の力作を作り上げた。
 おそらくは例の秘奥技が発動していたのだろうが、レイヴンはどこまでも否定していた。
 ――だってね、おっさんはねぇ、女の子が好きなんですもの。別に、青年が嫌いってワケじゃないけど、女の子が大好きなの!!