「名はなんだ」
「は?」

 ユーリとデューク。共通の話題と言えば思い付くものは数少ない。というか無い。
 元々そんなに親しい間柄でもなんでもないし、正直顔見知りになったのだって、名前を知ったのだって最近の部類だ。
 その上一度は真剣を交えた仲だ。
 それが今こうして顔を合わせて食事をしようとしているというのだからなんだか笑える話だ。
 唯一共通の話題だった星喰みは、真剣で既に語り合ってしまった上一応解決している。
 話すこととしたらその後のテルカ・リュミレースについてぐらいではないだろうか。
 リタがマナを動力に新しい魔導器……という名前ではないらしいが、似たようなものを作ったらしいからそのことでも話してみるか……いや、話に乗られても正直どうでもよかった(理解できなかったとも言う)から話半分に聞いていた自分には説明できない。
 では帝国とギルドのその後……はどうでもよさそうだ。
 個人的には、今何をしてるのかとか、存命している始祖の隷長とは会っているのかとか、聞きたいことはあったが一方的に訊ねるのもなんだと思い、頭を捻っているユーリに発せられたのが冒頭の一言だ。

「なんだって?」
「お前の、名前を聞いている」

 涼しい顔で問われたのは名前であった。

「……言ってなかったか?」
「……もし聞いていたのだとしたら忘れたのだろうな」
「そーかよ」

 しかし、確かに思い返してみればきちんと名乗ったことはなかったかもしれない。
 ――かなり今さらだが。

「ユーリだ。ユーリ・ローウェル」
「ユーリ・ローウェル、か。そうか……成る程」

 頭で反芻するかのようにゆっくりと紡がれた自分の名は新鮮だ。
 いや、それ以上に常に無表情(もしくは少し眉間に皺を寄せるか)だったデュークの表情がふと和らいだ方が新鮮かつ驚きだ。

「……どうした」
「いや、それ俺の台詞」

 すぐにまた元の能面に戻ったデュークに改めてどうしたと聞くと、淡々と応えた。

「ああ、名は体を現すとはこの事かと思ってな」
「……どういう意味だ」

 首を傾げるユーリにまた淡々と口を開く。

「お前の名には狼の意とその音が込められている。以前からお前の肢体は野山を駆ける狼のしなやかなそれに似て美しいと思っていたから余計、感心した」

 ユーリは目を丸くした。
 次いで顔を少し横へ向ける。

「そりゃ、どうも」
「……どうした」

 今まで合わされていた視線がずれて、何事かと問うデューク。
 ユーリ自身はなんとも思わないが、人に己の容姿を誉められることは割りとよくある事だ。
 ただそれは悲しいことに、日に焼けにくいのか健康的すぎる(寧ろ不健康だ、ちゃんと帰ってこいと女将さんに怒られた)ぐらい外で活動しているにも関わらず、幼い頃からほとんど変わらない生白い肌。確実に付いている筈なのになかなかその隆起をみせない筋肉。いや確かにそこまでの筋トレはしてないが、それにしたってどこもかしこも薄いし細い。
 「女だと思った」「ホントは女なんじゃないか」等という実に不名誉な物言いをされる原因は確実にそれだと思っている。
 そんなこんなな経緯で言われる賛辞と言われれば、大抵どれもこれも男としてありがたくもなんともない、在り来たりな誉め文句ばかり。
 もちろん、対女用。
 だからだろうか。慣れない世辞になんだか物凄く照れる。

「御待たせいたしましたぁ。茸のクリームスパゲッティと青菜とベーコンのパスタですぅ」

 コトリという音と、先程注文を取りに来た女性の声に気付いたが顔を背けたままユーリは受け取った。

「なにかあったのか?」
「……なんでもねぇよ」

 顔に出ないと、あの大変素晴らしい肢体を見せ付けてくれたジュディに太鼓判を押されたのだ。
 あの時程に顔は熱くない。
 デュークは人の感情の動きに疎そうだし、なにより腹が減ってはなんとやらだ。
 ユーリは視線を皿に向けた。
 とろっとしたホワイトソースに茸とパスタが絡まって半分沈んでいる。

「おお、美味そう」

 早速フォークを手に取ったユーリに倣い、デュークもフォークを手に取った。
 いつものように、多くのパスタが絡まっている皿の真ん中にフォークを持っていき、大きな塊をつくる。
 フレンにはとやかく言われたが、少しずつ食べるなんて焦れったい。
 そのまま大きく口を開けて頬張る。
 口の中に広がるホワイトソース独特の甘さに満足する。
 唇に挟まれ垂れている一本を吸い上げて、二口目の為にフォークを皿に刺した時ふいに視界が陰った。

「ん?」

 顔を上げ、目の前にデュークの顔が目の前にあると認識した時には遅かった。
 生暖く、ぬるりと湿ったものが唇を這った。
 あまりの出来事に息を呑み、硬直しているユーリに構わずデュークは舌を運び、最後にちゅっと嫌な音を立てて上唇を吸い上げた。

「……お、ま……なに……」

 呆然と言葉を発するユーリに、既に何事もなかったかのよう食を進めるデュークは平然と応えた。

「……口の回りにクリームがついていた」
「そういうことは先に……っ!!」

 怒りに任せ机を叩こうとしたとき、突き刺さる視線に気付きそちらを向くと「きゃぁ」なんて声を上げて通路を挟んで左隣の女性二人に顔を逸らされた。
 はっと思い、辺りを見渡せばどいつもこいつも老若男女問わずと視線が合い、瞬間にあらぬほうへ誰も彼もが視線を泳がす。
 察するに、見られて、いた、と。

「――っ!!」

 全身に火が付いた気がした。
 ユーリは正直泣きたくなったけれど、プライドと理性でなんとか堪えた。目の前が霞んでるのは気のせいだ、たぶん。
 念仏のように「平常心、平常心だオレ」と心の中で唱えながら右へと首を捻り、努めて変わらず涼しい顔をした元凶と面を合わせないように座り直して改めて食事を再開した。
 それからもう二度と、口にするのもオゾマシイ行為を受けぬよう、以前にも挑戦したあの焦れったい食べ方にユーリが変えたのは言うまでもない。

 

 ――余談だが、見物人達の殆どは、どちらか片方が女性で片方が男性だと思った為、視覚的にはなんの障害も無かったというのはたぶんというか絶対に二人にとって嬉しくもなんともない事だったので省かせてもらう。