今はもうすっかり見慣れた白銀の髪がふわりと風に舞っている。
珍しいこともあるものだ。
ユーリはそう思った。
なぜかと言えば、ここはかなり人気の賑わうダングレストの中央広場だからだ。
街中で会う時はいつも閑散として静かなところや、何もない所。
それ以外は、ギルドの依頼でどこぞの森やら廃屋やらを探索している途中。もしくは行き帰りの途中だ。
いずれにしても、人がいるところではあまり出会わない。「しくったなぁ……」
ユーリは呟くと、踵を返した。
デュークはきっと食材かなにかを手に入れるため人里に下りてきたのだろうと、然り気無く失礼な事を思いつつ宿屋へ戻る事にした。
元々そんなに急ぐ用事でもない。「待て」
数歩歩き出した所で、後ろからいつの頃からか聞きなれた声が掛かった。
おそらくは自分に向かって言っているのだろうとは思ったが、もしかしたら違うかもしれないと思い直し構わず歩みを進める。「待てと言っている」
ぐいっと肩を引かれ、反動で思わず振り返る。
「なんだよ」
「聞こえなかったのか」
「……オレじゃないと思ったんでね」無言でやり過ごそうかと思ったが止めた。
「私がお前以外の誰に声を掛ける」
その発言は少し問題があるんじゃないかと喉から出掛かったが、寸前で呑み込む。
「わりぃけどオレ、用事あるから」
実際の向かい先はデュークの向こうだが仕方ない。
後でまた来よう。
くるりと背を向けるとまた肩を捕まれた。「……おい」
今度は振り向かずに声だけを返す。
「待てと言っただろう」
人の話を聞いていないのかコイツは。
ユーリは思わず息を吐いた。「……なんだよ」
ツンケンとしていたユーリが幾分か雰囲気を和らげた。
聞く姿勢を見せたユーリにデュークが肩に置いた手を離す。「なぜ避ける」
なにを、とは聞かなくてもわかった。
つい一昨日も、ギルドの依頼途中にデュークの姿を見つけ、皆を置いて別行動を取ったからだ。
我ながら聞き苦しい理由でその場を立ったのを覚えている。「別に……」
ちくりと、胸になにか刺さった気がしたが外傷は特にない。
気のせいだろう。「何故だ」
視線をさ迷わせる。
別に、気にすることではないだろう。
今までだって、特に自分は気にしてなかった。
けれど――。「……アンタこそ」
「何?」おかしなことに、何故か喉からそれを出すのが酷く苦しく感じた。
「アンタこそ、……嫌いな奴相手になんで話し掛ける」
ほんの数日前のことだが、確かにデュークは言っていた。
自分もあまりこの顔は好きではないが、結構ショックを受けたらしい。
言われた直後は何を言い始めたのかと呆れたが、しばらくしてからだんだんと「嫌い」の一言が脳に浸透していった。
不思議な感覚だった。
じわじわと喉から腹にかけて靄がかかって、息苦しい感じ。
考えてみれば、話し掛けるのは大抵自分からだった。
無表情だったし、いつも応じてくれていたからわからなかったが、もしかしたら不快に思っていたのかもしれない。
そこまで考えて、やめた。「……お前は」
黙り込んだままだったデュークが口を開いた。
「なんだよ」
早く、デュークの視界から消えたい。
苛立ちとは違う、わけのわからないモノに急かされているような気分だった。
ユーリは背中に感じる視線から逃げることも、向き直ることもできずそのまま応じた。
しかし、「お前は、嫌いな相手に対して接吻するのか?」
「はぁっ!?」思わず振り向いた。
変わらず能面が突っ立っていると思いきや、目の前に真紅。
唇が、触れた。「っ!」
「この間のことか?何を気負いている」嘘だと言っただろう。
起伏無く言うデューク。
確かに嘘を言ったとは言われたが、本当の事も言ったと言っていた。
どれが嘘で本当かわからなかったが言われてみれば、そうかもしれない。
これまで幾度もされた事を思いだす。
毎度毎度、挨拶のように落とされていたそれに知らずと感覚が相当麻痺していたらしい。
確かにこれは普通好意を表すものだ。
いや、しかし、そうすると…………で、今また、嘘だと言われた事を含めるとつまりは……?「どうした」
頬にヒヤリと手が触れた。
それを思いっきりひっぺ剥がす。「……どうした?」
どうしたもこうしたもない。
それを一番知りたいのは自分だ。
視界がやたらハッキリしてるのにぐるぐるする。
待て、落ち着け。
嫌いが嘘だとは言っていない。
いや、その前にだ。
なんでそんなことを自分は気にしていたんだ。
他人からどう思われようと関係ないだろう。
なのに何故――。
ふと、一つの答えが頭を過る。
いや、ない。それは無い。
そんなことがあるわけがない。
ユーリは頭を振った。
結論を出そう。「つまり、気にしなくていいってことだよな」
「なんの事だ」大きく息を吸って、吐く。
だいぶ、落ち着いた気がする。
ユーリは軽く笑って見せた。「いや、なんでもねぇ」
「そうか」そう言って顔が近付き、今度は頬に触れた。
――ところで、急激に脳が冷えた。
ここはダングレストの中央広場で、かなりの人通りがあって、賑わう店先で、――そこかしこから視線を感じる。「ばっ!!!!!!!!」
デュークを軽く突き飛ばし、ユーリはバックステップで距離をとった。
「なにすんだっ!!」
「今更だな」
「は…………っ!?」そう言われ、頬にどころか唇が重なったことを思い出す。
この、公衆の面前で。
――顔が酷く熱い。「ぉっ……おまっ、お前っ!!」
拒否すれば良かった。
断固拒否していれば良かった。
まさか、こんな、人目の多いところでやられるとは思っていなかった。
人目がないからこそ今まで甘受していたものを、甘受出来ていたものを……。
慣れとは恐ろしい。
今の今までダングレストだということを失念していた自分が信じられない。
いつから忘れていたのかさえ思い出せない自分が本当に信じられない。「ふっ……」
滅多に見れない笑みを浮かべるデュークに、これ以上熱くなるのかと、驚くより恐い気がする程顔が熱を持った。
もう、駄目だ。
ユーリはなにが駄目なのかわからなかったが、そう思わずにはいられなかった。