「……今、なんて、言った?」

 驚愕。
 今のユーリの顔は、誰が見てもその一言で言い表せた。

「ごめんよ、青年」

 眉を下げて、レイヴンが言う。

「でも、もう駄目なのよ」
「――っざけんな!!」

 ダンっと壁に拳を当て、怒鳴り声を上げたユーリ。
 窺い見れば、自信に満ち溢れ、いつだって真っ直ぐで揺るがない彼の瞳が常とは違い、困惑の色を露にし揺れていた。

「……嘘、だろ」

 喉の奥から絞り出すように響いた声にレイヴンの胸が傷んだ。

「ユーリ……」

 滅多に呼ばない名前が思わず出たが、それに気づかないほど二人は動揺していた。

「なぁ、冗談……なんだろ?」

 期待と不安の入り交じるアメジスト。
 レイヴンは堪えきれず顔を背けた。

「っごめん……」
「……っ」

 ユーリが息を呑む音が聞こえた。
 ――しばらく黙り込んでいた二人だが、先にユーリが口を開いた。

「……悪かったな」
「えっ?」

 レイヴンが反射的にユーリを見ると既に背を向けられていた。

「困らせて、悪かった」
「……ぁ、待って!」

 そのまま歩き出そうとするユーリをレイヴンが止める。

「なんだよ」

 振り返りはしなかったものの、ユーリは足を止めてほんの少し首を回した。

「どこ、行くの?」
「……フレンのとこ」

 まさか、とレイヴンが目を見開く。

「青年……っ待って!」
「止めんなっ!!」

 張り上げられたら声にレイヴンがたじろんだ。

「……もう、駄目なんだろ?無理なんだろ?それじゃあ、おっさんには、……関係無い」
「せいね……っ」

 悪かった。
 ユーリがまた言い、歩き出した。
 その肩を慌てて駆け寄りレイヴンは掴んだ。

「っ、……離せよ」
「……離したら、行っちゃうんでしょ?」
「……」

 無言の答え。

「わかってるの?」
「……わかってる」

 ユーリは俯いてレイヴンを見なかった。
 見れなかった。
 決意が、揺らいでしまいそうで。

「わかってないでしょ」

 普段と違い、真摯な声色で語りかけるレイヴンにユーリの声が知れずに震える。

「わかってるさ。ずっと、アイツと居たんだから……わかってる」
「わかってない」
「っ、あんたが!!」

 あんまりにもハッキリ、迷い無く否定された言葉も一緒に振り払うかのよう、ユーリは肩に置かれた手を退けた。

「あんたが言ったんだろ!?」
「そんなこと言ってないわよっ!」
「じゃあオレにどうしろって言うんだ!!」

 叩きつけるように吐いた言葉にレイヴンが一瞬固まった。

「……じゃあ、行くから」

 踵を返したユーリの腕がくんっと後ろに引かれた。

「おい、いい加減に……っ!」
「作るからっ!!」

 両者の動きがピタリと動きが止まる。
 間を置いて、先に口を開いたのはレイヴンだった。

「……作る、から」

 顔を泣きそうなくらい歪めながらレイヴンが言うのに対し、逆にぱぁあっと効果音が付きそうなくらい打って変わってユーリは表情を明るくさせる。

「……ぃっ……いい、のか?」

 キラキラと目を輝かせるユーリ。
 今更嘘だなんて言えない。

「……おっさんだって、やるときゃやるのよ」

 嘘だ。
 今すぐ前言撤回して、土下座して許してくれるなら百万回だってしてやりたかった。
 一度決めたらそれを貫き通すユーリを、そんなことで止められる奴がいるなら百億ガルド積んでもいいから是非とも紹介して欲しい気分だった。
 が……今更後には戻れない。

「だから、わざわざ死にに行かないで」
「おっさん……」

 それは流石に言い過ぎだと言いたかったが、ユーリは口を噤んだ。
 つい最近、友人作の凶器で十日ほど寝込んだ本人を前にはちょっと言えないものがある。

「ほんと、悪い……」

 なんか、色々申し訳なくなってきて何度目かわからない謝罪をした。

「で、なに食べたいの?」

 腹をくくったのか、レイヴンはぎこちないが笑ってみせた。
 ああ、本当に悪いな。
 思いつつもユーリは自らの欲望には勝てなかった。

「……ケーキ」

 こうして、甘ったるい匂いを嗅ぐだけで気持ち悪いからもう作りたくないと、つい今しがたこぼしたばかりのレイヴンにとって、地獄の時間が始まった。
 調理場に立ちながらも、逃れられるのなら今すぐ全力疾走で逃れたいと秘かに思っていたレイヴンを支えたのは、普段なかなか素直になってくれない子に、照れながら言われた一言だった。

 

**アンタのがいいんだ


















「でも、ほんと酷いわ青年……よりにもよってケーキだなんて……。悪いと思ってるならせめてシャーベットとか……」
「匂い嗅いだだけで死にゃしないって」
「鬼っ、悪魔っ!!」
「だから悪かったって言ってるだろ」
「誠意がたりないっ!!」