V祭りネタ
見てなくてもたぶんおけ
**だって、知らなかったから
宿の一角、休憩スペース。
レイヴンはそこに硬直していた。
別に見たこともない強敵を前にしたわけでも、恐ろしい物体を目にしたわけでも、美女(例えばジュディス)の裸体を見たわけでもない。
彼の思考を止めているのは机の上にちょんと乗った、少し大きめのポーチだ。
黒地に二本の白いラインが下方で一周していて、その更に下の方には刺繍……にはちょっと見えないが、とにかく黄糸が縫われている。正直この糸は無い方が見目いいと思ったのは一瞬だ。
刹那、頭を支配したのは別の考え。
これは、まさか、例の、女の子の必需品ではないだろうか。
もしかしたら誰かが困っているかもしれない。いや、困っているに違いない。
しかし、おっさんが触って良いものなのだろうか。いや、これは人助けだ。
きっと素敵な美女(ジュディス並が望ましい)がおっさんの助けを待っている。
宿の受付けに落とし物ですと届けた時に運良く現れる美女(この際かわいこちゃんでもいい)が「それ私のです」といって駆けてくる(といい)。「素敵なおじ様が届けてくださったんですね。ありがとうございます。なにかお礼を……」
「いや、君に会えたこの奇跡で充分さ」
「いやん、おじ様かっこいいっ」
「はっはっはっ」いける……っ!!
まったくもって(あらゆる意味で)いけてない妄想の前に拳を握り締めて、レイヴンは落とし物に手を伸ばした。「おっ、あったあった」
もう少しで手が触れそうなとき、向かいから我らが兄貴が現れて非常に焦ったレイヴン。
自分に簡易ストップフロウが掛かった気がした。
なぜって、自分が女性の持ち物を勝手に手にとろうとしているは見て明らかだ。今更弁解の余地はない。
うあコイツ最低ー、と冷たい目で見られるのは勘弁してほしい。これは人助けなのだから。「いっ、いや、青年。これは、ちっ、違うのよ?」
「は?なにが」予想外れに「なに、コイツ変」という呆れた眼差しを実際には受けてしまったが、そんなことよりもだ。
なんの躊躇いもなくユーリは例のポーチを鷲掴んだ。「ああっ!!」
「……だからなに」更には事もあろうに、懐へとそれを忍ばせる。
「せっ、青年!!流石にそれはまずいって!!」
「いや、だからなにが」
「なっなななななにって……」平然と言い放つユーリにレイヴンは口をぱくぱくとするしかなかった。
まさか、ユーリがここまでむっつりだとは思っていなかったと、なにやら親近感より恐れが湧いてくる(誰が見てもレイヴンはオープンだが)。
固まっているレイヴンを放って行こうとも思ったが、なんだかんだ見捨てては置けない質なもんだからユーリは机をぐるりと回って隣まで歩み寄った。「おい、おっさん。どうし……ぅおっと」
「そっそれ!!」
「これ?」
「そそそるれぇぇええっ!!」突然両肩を捕まれた上、物凄い形相で見られているにも関わらず、我らが大将が平然と受け答えしたのは流石と言うべきか。
懐に仕舞い込んだポーチを取り出し、指を指したユーリに全力で頷いた。「それっ、ちゃんと届けなきゃ!!駄目じゃない!!!!」
「届けるって、どこに」
「そっ、そりゃぁ、落とし物扱ってる受付でしょうよ」
「落とし物?ああ……」ユーリはようやく合点がいったと言うように声を上げた。
レイヴンが、わかってくれたかと安堵するのもつかの間、再びポーチは懐へと仕舞い込まれた。「だから青年!!」
ユーリの滅多にない(というか初めて見た)暴挙に言葉を重ねて止めようとしたレイヴンに、本日四回目のストップフロウ(仮)が掛けられた。
「これ、オレのだから」
「えっ……」いやまさか、そんなことは……。あるはずがない。
いやでもしかし、たしかに顔だけ見れば……。「お前さん……実は女だったのか」
「三度死ね」この年になって、この体格になって、声変わりもとうに迎えたこのタイミングでまさか女と疑われるとは思って無かったが、ユーリは条件反射のように相手の鳩尾へ三度拳を連打した。
「ぐっごふっ」
「あ、わりぃ」冗談にしても、頭を殴ってしばらく一軍でキリキリ働いてもらおうと思ったぐらいだったのにうっかり潰してしまった。
「おっさん。おい、おっさんっ」
すっかり意識を遥か彼方に飛ばしたレイヴンはそれから数日間、改めて殴られて訂正を入れられるまで悶々と大変無駄なことを悩んでいた。
ポーチの中身についてはコネタのV祭り60にて以前公開してました
そのうち倉庫に引っ張ってきます そのうち