ああいつか一周年記念アンケート結果作成話



**誓いは先に済ませて愛を深めよう

 

 日が経つのは早いものだ。
 ユーリはふとそう思った。
 星喰みの恐怖から逃れ、魔導器を失った世界。
 結界魔導器が無い為、一時は周辺の魔物討伐にギルドも騎士団も駆け回っていたが、魔導器が無くなりエアルの乱れが少なくなった今、影響を受けて魔物化する動植物も減った。
 今では騎士団とギルド、各々が少人数で隊を組み、依頼や任務の形で警護に当たる程度の処置で住民への被害は防げている。
 エアルの乱れが少なくなった直接原因は確かに魔導器が無くなったこと――魔核が全て精霊化したからだが、それでも時折エアルはその流れを乱すらしい。
 それを調整しているのが存命している少数の始祖の隷長。
 それから、デューク――の持っている宙の戒典。
 デュークとは星喰み騒ぎの最中対峙することとなったが、今では和解している。
 ――和解、か。
 確かに和解しているが、その一言で「今」を言い表していいものなのかとユーリは自分の考えに悩んだ。
 凛々の明星として各地で活動をしている間にたまたま顔を合わせては何気ない会話をしていただけの関係が、今では個人的に約束を取り付けて会うようになっている。
 今日も実はその日だ。
 街中だが人の出入りは少なく、静かな喫茶店。
 下町の育ちで評判の良いユーリにとって場違いもいいところ。常なら足を踏み入れないような場所だが、何度か足を運んでいるうちに初めて来た時ほど違和感は感じなくなっていた。
 古典的なデザインの雑貨が置いてあるこの店はユーリの好みとは違ったが、雰囲気は気に入っている。
 なにより茶も軽食も旨いし、安い。
 それだけかと言えば違うが、敢えてその理由を口にすることもないだろう。
 約束の時間までまだ少し時間がある。
 ユーリは手元のカップに手を伸ばした。
 ――カラン。
 丁度その時、来客を知らせるベルが鳴った。
 そちらに視線を送ると、くるっと辺りを見渡すデュークの姿が見える。
 元々、人を待つ時間は嫌いだがこの瞬間だけは最近好きだと思うようになっていた。
 入り口付近で店員と一言二言やり取りをした後、再び周囲に視線を配り始めたデューク。
 ユーリはカップに伸ばした手を途中で止め、見えるように軽く振って挙げた。

「よう」

 目が合ってそう小さく言うと、カツカツと規則正しい靴音を鳴らしながらデュークが歩みを進め、そのまま向かいに腰を下ろした。
 間もなく、仕事の早い店員が手際よくデュークの手元に茶を用意する。
 残り少ないカップの中に伺いを立てた仕事のできる店員は、ユーリに断りを入れられると一礼して厨房へ戻っていった。

「待たせたか?」

 それを見送り届け、デュークは改めてユーリに向き直った。

「いや」
「それにしては随分と落ち着いているな」
「丁度考え事してたんだよ」

 言うと、ユーリは改めてカップに手を付けて中身を飲み干した。

「そうか……」

 ほっとしたような、柔らかな笑みを浮かべるデュークにいいなと思う。
 なにがどういいのかはユーリ自身さっぱりわからないがいいと思った。
 ふいに何を考えていたのかを聞かれたが、それには答えずユーリは話題を変えた。

「それにしても、こんなとこが帝都にあったなんて、いつ来ても不思議に思うな。この静けさといい内装といい」
「帝都だからこそだ。お前が知らないだけで似たような所は沢山ある」
「へぇ、そいつは初耳だ。そこは教えてくれないのか?」
「お前が望むなら叶えてやってもいいが、期待はしない方がいい。ここより良い店は覚えがないからな」
「……」

 またそういうことを……。
 ユーリはそれを口には出さなかったがデュークの口許が僅かに緩んだのを見て黙りこんだ。
 途切れた会話にデュークは優雅な所作でカップに口を付け、一息いれる。

「……そういえば、また見てきたのだが」
「うん?……ああ、アレか」

 脈絡のない話題転換に首を捻ったのは一瞬で、最近のデュークが執心になっているものを思い出した。

「なかなか、いい物がないな」

 非常に残念そうに嘆息したデュークにユーリもまたため息を吐いた。

「だから、別に要らないって言ってるだろ」
「しかし……」
「ああいうのには金もかかるし、使い勝手も悪い」
「……そんなに嫌か?」
「嫌っつーか、なんつーか……そうじゃなくてさ。……気の持ちようだろ?」
「私は、形にしたい」
「だからって、指輪は要らないっつの」

 指輪。
 男性が女性に誓いを立てる際によく贈られる物。
 二人が話しているのは単なる贈り物としての指輪ではなく、そういった意味を持つものの話だ。
 ユーリが『和解』という表現に悩んだのも、二人が同性同士でありながらもいつの間にかそういう関係になっていたからだ。
 声を大にして言えるものでもないから尚更困る。

「何故そう頑なに拒む」
「アンタこそ、どうしてそんなに指輪に拘る」
「一目見ればわかるだろう?お前に誓い合った者がいることが」
「……だから、それは気の持ちようだろ。だったら剣を一振りくれた方がずっといい」
「……剣は流石に色気がないと自分で思わないのか?」

 憮然としたデュークにぶつぶつと口の中で呟いた。

「うるせぇ。……無くす心配がなくていいだろ」

 途端、きょとんとしたデュークに聞こえたのかと小さく舌打ちをする。

「そんなことを気にしていたのか?」
「……るせぇ」

 利き腕は左手。
 別に右手につけてたって構わないだろうが、どっちにしろ剣は両手で扱っている。
 となると必然的に荒事の多い仕事中は外すことになる。
 指輪は小さい。
 物の管理が杜撰だと、自他共に認めるユーリは素直に受け取ろうとは思えなかった。
 ――たとえ欲しくなくはないとしても。

「そうか……困ったな」
「だから、買わなきゃいい話だろ」
「……お前が気を付けていれば済む話ではないか?」
「万一って事があるだろ」

 この話はこれで終いにしよう。
 ユーリがそう話を打ち切ろうと口を開いた瞬間、

「良いことを思い付いた」

 我ながら名案だとデュークが独りごちた。

「手を貸せ」

 突然の申し出に疑問を感じながらも、言われた通り手を伸ばす。
 デュークはその手をそっと取ると、徐に口許へと運び――噛んだ。

「いっ!?」

 思いっきり歯を立てられ引き寄せようとした手は固定されたまま動かない。
 そのままデュークは一度歯を離すと今度は唇を押し宛、軽いリップ音を立てて吸い上げた。

「っ、なにすんだよ」

 それを期にデュークの手から逃れたユーリの薬指にはくっきりと歯形が付いていた。

「ってぇなぁ。最初に断りくらい入れろよ。丁重に御断りしてやるから」
「断られるのは御免被る。それなら無くさないだろう」
「はぁ?」

 なんの話だ?
 首を傾げたユーリに笑みを浮かべる。

「指輪の代わりだ」

 改めて自分の手を見るユーリ。
 歯形は少しずつ薄れていて、代わりに赤い痕が浮いてきている。
 形は歪だがまぁるく、赤い痕が宝石のように指の中心を彩る。

「……おま」
「持って二日か三日か……」

 その頃にでもまた会うか。
 涼しい顔をしてそう言うデュークに歯軋りした。
 さっきから恥ずかしいことをよくもそう涼しい顔をして言えるなチクショウ。
 照れを隠して苦々しく顔を歪めるユーリの前に、ぷらりとデュークの手が垂れた。

「……なんだよ」
「指輪は揃いが基本だろう」

 ――つまり、やれと。
 でもまぁ、お高い指輪は諦めてくれたようだからその代価としてなら安い気もする。
 人気も少ないし、直接的なものでもない。
 ……仕方ない。
 ユーリはその手を取った。

「……これ、やりにくくないか?」
「私はやった」
「サスガは英雄殿」
「誉めてないだろう」
「当たり前だ」

 くいっと手の動かして食みやすいようにする。
 そして――

「っ」

 先程されたのと同じ様に噛み付いた。
 勿論、報復も兼ねてかなり思いっきり喰い付く。

「……おい」
「んぁよ」
「私は加減してやったぞ」

 注文が多い。
 若干不満そうにしたデュークに文句を言う代わりに、強く吸い上げて唇を離した。

「……時に、知っているか?」
「なにを?」

 今しがた付いた痕を見つめながらデュークが笑む。

「指輪ははめる指によって意味が異なる」
「へぇ」
「左手の薬指は愛を深める。恋人への愛の誓いという意味がある」
「……」
「キスマークは……言わずもがな、だな」
「……」

 アンタがやれって言ったんだろう、とは言えなかった。
 揚げ足を取られるのは目に見えている。

「……意地が悪いな」

 悔し紛れに言えば、平然と返される。

「お前ほどじゃない」
「どうだか」

 ふんと鼻を鳴らすとほぼ同時にカチャンと軽い音がした。

「そろそろ出るか」

 いつの間にか飲み干したらしい。

「いいけど、この後どうすんのか決めてねぇだろ」

 予定を決める為にまずゆっくりできるここで待ち合わせたのにと言うのに、どうする気だと首を傾げる。

「誘ったのはお前だろう」

 デュークはそう言うと、痕の付いた薬指に自分の唇を軽く押し宛てた。
 ――こういう時ばかりは察しの良い自分が憎くなる。

「……意地が悪い」
「お前ほどじゃない」

 二度目のやり取りに軽く息を吐くと、ユーリは潔く立ち上がった。

「その前に、見に行こう」
「何をだ?」

 今度はデュークが首を傾げた。
 ぷぃと、それとなくその視線からユーリが逃げたのは、なんとなく恥ずかしかったからだ。

「毎回こんなやり取りしてたら身が持たない」

 デュークは顔を綻ばせた。

「それがいい」

 次いで立ち上がり、先を行くユーリに並ぶ。

「一応、幾つか候補はあるのだがな。希望があれば言ってくれ」
「どれも同じだろ?」
「張り合いがないな」
「そういうの喜んで選ぶのは女だ」
「なるほど。足早に見えたのは気のせいか」
「……気のせいだろ」
「そういうことにしておこう」
「一言余計だ」
「素直じゃないな」

 ――カラン。
 二人は歩を合わせてベルを鳴らした。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

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