**花は折りたし梢は高し

 

 ふと、風に誘われた。
 それ以外になんと例えよう。
 気付けば喧騒の只中にいた。
 喧騒、と言うのには少し語弊があるかもしれない。
 訂正しよう。賑わう街中ではこのくらいが普通だ。
 左右にテントが張られ、各々で商品を見栄え良く並べているこの大通り。
 帝都ザーフィアスの商店街、とでも言うべきか。
 しかし今は必要な物が特にない。
 見るだけ無駄というものだが、見ているうちに何か買い揃えるべく物を思い出すかも知れないと思う事にし、見て回る事にした。
 食品、衣類、雑貨と様々な物が店頭に並んでいる様を見ていると店主らには悪いが軽く眩暈がしそうだ。
 ――やはり、これといってめぼしいものが無い。
 人の流れに逆らい日陰に入り、並んだ柱の一つに背を預けて目を瞑る。
 普段なかなかこういったところに来ないものだからだろう、人気に当てられたのか肉体的なものではない疲れを感じる。

「……」

 小さく息を吐き、深く吸うと、慣れない臭いが鼻に付いた。
 悪いとは言わないが、良いとは少しも思わない。
 別に用というものは無いのだから早く立ち去ればいいものを、何故か足を動かす気にはなれなかった。
 可笑しなものだ。
 こんなところで刻を過ごすよりも、各地のエアルクレーネの様子を見て回っていた方が気は遥かに楽だろうし、有意義だ。
 ――本当に、可笑しなものだ。
 何故か黒衣の青年の姿が頭を過ぎった。
 そういえば住まいはここだったかと思い出したが、それがどうしたと自ら一蹴する。
 ……もう行くか。
 行き先はまだ決めてはいないが、この活気溢れる場所に居座る理由も無い。

「調子はどうよ」

 上体を起こし、足を踏み出そうとしたら聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
 反射的に見上げると、黒髪が宙を泳いでいる。
 背を預けていた柱の上は確か、貴族街と下町を結ぶ市民街の一角だったはずだ。
 ありえない話ではない。

「まぁまぁ、じゃないかな?」

 別の声が応え、自分に向けられた問いではなかったかと瞬間的に思った。
 当然だ。
 当然の事。なのに、刹那の時でもそう思ったのが不思議だった。

「なんだよそれは。自分の事だろ」

 喉奥で笑う青年の声は小さいはずなのに、よく耳に響いて心地よい。
 雑踏に混じる彼らの声は、遠いのにもかかわらず意外にも良く耳に聞こえた。

「そういう君はどうなんだ」
「ご多忙な騎士サマ方よりは暇こいてんよ」
「やっぱり、そっちも忙しいんだね」
「そりゃな」
「君らはダングレスト周辺が多いのかい?」
「いや、ダングレストは余り余ってるからな。オレ達は別ンとこ」
「余り余ってる?」
「ああ。くだらねぇ腰抜けどもばっかでね」
「なるほど」
「騎士団は頼れる騎士団長代理殿がケツひっぱ叩いてっからいいけど、こっちはそうはいかないからな」
「ユーリ、そういう言い方はよしてくれないか」
「謙遜はよせよ」
「そういう意味じゃない」
「はいはい」
「相変わらずの聞き分けの良さだね」
「お前もな。それよか……」

 テンポの良い会話は聞いていて小気味が良い。
 黒髪の青年が軽く受け流し、話題を変える。
 相手はそれに多少不満を漏らしたものの、変らず息の合った会話を続けた。
 ただそれに耳を傾けていたら、どちらと言わず突然会話が途絶えた。
 何事かと思ったのは一瞬で、おそらく上にいる二人のやり取りも一瞬しか止まっていなかったのだろう。
 間もなく、青年の声が聞こえた。

「ごくろーさん」
「ああ。また」
「おう」

 見上げれば変らず黒髪が宙を泳いでいる。
 しかし、もう声は発せられなかった。
 会話の内容からしても、彼の話し相手が居なくなった事は明白だったがそれが少し残念に思えた。
 だからだろうか、

「……何をしている」

 気が付いたら仰いだまま、届かないだろう声をかけていた。
 予想外だったのはふと黒い髪が影に消え、代わりにまだ数えるほどしか合わせていない顔が覗いたことだ。
 流石に遠目な為よくは見えないが、それでも驚いた様子は見て取れた。

「……デューク?」

 ぱちりと、大きな瞳が瞬いた。
 失礼だろうが、可愛いと、少し思った。
 おそらくは遠目の所為だろう。記憶にある彼の顔も酷く朧気だから余計だ。
 印象的だったのは身を包む黒と風に流れる黒。
 反して際立つ白い肌と紫紺の瞳。
 意志の強い瞳は特に記憶に残っていて、それがただ呆け、丸くなり、幼い動作をしたのが意外でそう思ったのだろう。

「なにやってんだ、こんなとこで」
「お前こそ、何をしている」
「オレは小休止。お前は?」
「……似たようなものだ」

 目的もなくここまで赴き、この場で足を止めていたのだから相違ない。

「ふーん……」

 会話が途切れた。
 これを機に背を向けて立ち去っても良かったのだが、何故か躊躇した。
 敢て言うのであれば、もう少し彼と話をしていたかったのかもしれない。
 例えば先の、彼と、もう一人との会合のように、他愛も無いやり取りがしたかったのかもしれない。
 全て憶測だ。
 己の感情に対してこのような言い方をしていいのかはわからなかったが、これ以上に例えようが無い。
 そしてそれが事実かどうかもわからない。

「オレ、そろそろ行くから」
「……そうか」

 ただ、ひと時の沈黙の後、青年が口を開いて紡いだ音に少なからず名残惜しく感じたのは間違いない。

「デューク」

 頭が少し傾き、黒髪がサラリと垂れる。

「またな」

 いつかの日と同じ事を言うと、彼は流れるように視界から姿を消した。
 暫く、彼が覗いていた辺りを意味もなく仰ぎ見ていた。
 ざわめく雑踏に混じり、彼は宣言した通りあの場から離れたのだろうと脳が理解していても、仰ぎ見ていた。
 影が再び落ちる事は無かったが、それでも仰ぎ見ていた。
 不思議と、苦痛とは思わなかったからだろう。
 ふと首を戻したら疲れを感じた。
 一度軽く頭を振りもう一度見上げたが、当然いない。
 改めて青年の居たところを見て、酷く距離を感じた。
 軽く見積もり人四人分以上の高さのある場所だから決まりきった事なのだろうが、その事に焦燥にも似た何かに駆られ、今すぐにでもこの距離を零にしたいと一瞬でも思った自分に戸惑う。
 ――もし、また会い見えるのならば、その時は手を伸ばしてみようか。 
 短な腕を見ながらそんな愚かな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


故事ことわざ辞典/Gakken より
花は折りたし梢は高し
欲しいのだが手に入れる方法がなく、思うにまかせないでいることのたとえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


デュークさんの片恋物語(←続かない)
デュクユリが本当に好きすぎてどうにかなりそうです

誰か私に本を買ってください←←

 

コレはオンリーパソ書き
携帯と違った書きやすさと書く憎さがあって困ります

割かし短いかなと思いましたが まぁ 許してください