付き合ってる二人と
かわいそうなリタぽん




**戦いの始まり



 ユーリはたぶん、やる時はちゃんとやる部類の人間だろう。
 言い換えればやる時が無ければやらない人間。
 けど最近のユーリはどうも腑抜けてると思う。

「デューク!」

 白い影を見つけては駆け寄って、簡単に笑う。
 二、三言話したら戻ってくるならいいけど、下手するとずっと話してる。
 しかも始終頬が弛みっぱなし。
 仕事中なのに。

「そうですか?私にはいつもと変わらないように見えますが……」

 エステルはこの間そう言ってたけど、そんなことない。
 きっとエステルは見慣れちゃったんだわ。
 ともかく、アイツと居るときのユーリは腑抜けてる。
 見ててイライラする。

「ちょと、いい加減にしなさいよ。こっちは待ってんのよ」

 堪らずにそう言えばユーリは軽く言って応えた。

「ああ、悪い。じゃあまたな、デューク」

 またなって何よ。また会って無駄話する気?
 こっちはまだ仕事中よ。
 簡単な仕事だからって、もう終わった後の話しないでよ。
 それとも別の日?
 尚悪いわ。
 普段は三人のギルドなのに、役立たずが一人できるって事でしょう?
 今日はあたしがいるからまぁ、いいものの、どうするのよ。
 あたしは頻繁に来れないのよ。
 今回だって、前回から一週間も間が開いた。
 その間にエステルが数日いたらしいけど、他の日は?
 他の日もアイツと会ってたら?
 あたしがこの間居たときは、ほとんど毎日のように会ってた。
 仕事が終わっていようとなかろうと、人との間に割り込んでユーリと話してどっかに行っちゃって……。
 思い出しただけでイライラする。

「っと、待たせたな」
「ほんとにね」

 嫌味たっぷりに言ってやったらユーリは小さく肩を竦めた。

「随分仕事熱心だな」

 そりゃ、わざわざここまで来たんだから、やるからにはやらないと。
 丁度手も空いてたからギルドの手伝いに来てあげたのに、肝心のメンバーがやる気ないと困るじゃない。

「変わったな」
「変わったのはアンタでしょう」
「そうか?」

 そうよ。
 仕事始めればユーリなりにちゃんとしてるのに、アイツが関わった途端にダメになる。
 だいたい、なんでアイツがこんな町にいるのよ。
 しかも頻繁に。
 おかしいじゃない。
 人間嫌いの癖に町になんて出てこないでよね。
 人の迷惑考えなさいよ。

「終わった終わったっと。リタ」
「なに?」
「先帰っていいぞ」

 イライラしている内に仕事は全部終わったみたい。</br>
 ちゃんとあたしも手なりなんなり動かしてたけど、どんな事したかはちゃんと覚えてない。
 別にいいのよ。
 あたしは別にギルド員じゃないし。

「別にいいけど。でもアンタはどうするの?」

 もうやることないなら戻らないのかと声を掛けると、あの顔。
 アイツと一緒にいるときの顔。

「ちっと野暮用」

 カチンときた。
 なによ野暮用って。
 どうせアイツに会いに行くんでしょ。
 さっきはその事話してたの?もうすぐ仕事終わるからって?
 なによそれ。
 どうせほっとけないからだとかなんだとか言う理由なんでしょ。
 ほっとけばいいじゃない。向こうは向こうで勝手にやるわよ。
 別に話すことなんて無いでしょ。
 あたしは久しぶりわざわざ来てあげたのよ。
 色々実験して、まぁ多少の失敗はあるけど、それ以上の成果は出てるの。まだ話してないわ。
 一週間前来たときよりも進展があるのよ。
 それにエステルが遊びに来てくれたことも話してない。
 エステルも最近こっちに来てたんでしょう?どんな話したの?
 まだ、まだ、まだ、
 全然話してないのに。
 それなのに、一週間前もその前も、もしかしたらあたしが来れなかった一週間の内にも会ってたヤツに会いに行くの?

「アイツに会いに行くの?」
「は、アイツ?」
「惚けないでよね。デュークに会いに行くんでしょ」

 目を丸くしたユーリ。
 ふんっ、図星なんでしょ。

「すぐ終わる用事ならあたしも一緒に行くわよ」

 アイツに会うのは嫌だけど、ユーリに無駄足踏ませるのはもっと嫌。
 くだらない話だったらさっさと打ち切って帰るんだから。

「いや……、確かにデュークとは会うけど……」

 やっぱり。

「なに?直ぐに終わんないの?」
「そりゃ、な」

 なにそれ。
 そりゃってなによそりゃって。
 納得できるわけないじゃない。

「じゃあ、あたしが代わりに行ってあげるわ」

 会うのは嫌だけど、それくらいならいいわ。

「用件は何?」
「自分で行くからいいって」
「ユーリは行かなくていいの」
「なんで?」
「なんでって……」

 なんでだろ?
 いや、ハッキリしてるわ。
 嫌だから。
 ユーリがアイツと会うのが嫌だから。
 よくよく考えてみれば随分子供じみた理由だ。
 気に食わないから会わないで欲しいなんて。
 バカっぽい。
 それでも撤回はしたくなかった。

「そんなのどうでもいいでしょ」
「……」

 ユーリは腕を組んであたしを見下ろした。
 なにか考えてるみたい。
 なにを考える必要があるの?
 いいじゃない、仕事が終わったならのんびり寛ぐべきよ。
 わざわざアイツに会いに行かなくたっていいじゃない。

「まだ終わらないのか?」

 ふと湧いて出てきた声にユーリは振り向き、あたしはその向こう側にいる白い影を睨んだ。

「悪い。もう終わった」
「どうした」
「いや、その……」

 チラリとユーリが視線を送ってきた。
 なによ。
 なによなによなによ。

「用があるなら手短にしてくれない?」

 苛立ちながらそう言えば、ユーリはまぁまぁとあたしを宥めに掛かった。

「そういう話じゃないからさ……。リタ、悪いけど先に帰っててくれないか」

 その上この台詞。

「なによそれ。……アンタ、まさかユーリにまた難題吹っ掛けてんじゃないでしょうね」 

 ジロリとデュークを睨むと大して気にした風でもなく、ヤツは言った。

「……成る程」

 なにが、成る程、よ。
 あームカムカする。

「言っていないのか」
「……言えるわけねぇだろ」

 なんの話よ。
 やっぱり、なんか抱えてるんじゃないの?
 ユーリが表情を歪めているのを見て疑惑が膨らむ。
 だからあんなに頻繁に会ってたの?

「あたしたちじゃ頼りないって言うの?」
「違う、そういう話じゃない」
「じゃぁなに?」
「それは……」

 きっぱりとユーリは否定したけれど、聞き返せば口ごもる。

「……話せば良かろう」
「……アンタなぁ……」

 憎々しげに呟くユーリ。
 やっぱり迷惑してるんじゃないの?
 面倒な事件に巻き込まれてるんじゃないの?

「なに?言って」

 みんなで早く解決して、早くソイツから離れてよ。

「……」
「私から言おうか」
「絶対言うな」
「一人でカッコつけないでよ」

 一人で手に逐える仕事ならとっくり終わってるでしょう?
 少しはあたし……あたし達を頼ってよ。

「……リタ、心配しなくても大丈夫だから」
「大丈夫じゃないでしょう」
「誤解だ。そんなトラブルメーカーじゃないっての」
「今更トラブルメーカーじゃないって台詞以上に信用できない台詞は無いわ」
「それはエステルに言ってやれ」
「アンタがそれを言う?」

 絶対に聞き出してやる。
 意気込んでいるあたしを見て、デュークは言った。

「事情を話した方が早い」
「言えるわけねぇだろっ」
「言うまであたしは付いていくわよ」
「……」

 デュークに賛成するのは嫌だけど、全面的にデュークの意見には賛成。
 けど、ユーリは黙り込んだまま動かなかった。

「……わかった。ではこうしよう」

 デュークは一つ息を吐いた。
 何をするつもりかと、あたしとユーリはデュークを一斉に見た。
 そのデュークは何故かユーリの顎を軽く持ち上げて、

「……えっ」
「!」

 信じられない事が起きた。
 ユーリは声を上げずに目をまん丸くして驚いてる。
 ううん、違う。
 上げられずに驚いてる。
 デュークがふと、ユーリの顎を持ち上げたと思ったら、くっついたのだ。
 その、口と、口が。
 くっついたと言うのが正しいのか分からない。
 だって、デュークはユーリをまるで食べるように口を開けてパクっと口にくっついたのだ。
 どちらかといえば、塞いでるに近い。
 何をしているのか一瞬理解出来なかった。

「……っんむー!」

 ユーリが声になら無いくぐもった声を上げてデュークを押し始めた。
 でも二人は離れない。
 デュークがユーリの後頭部を押さえていて、離れられないんだ。  デュークは更に、顎に添えていた手をユーリの腰に持って行って身体を密着させた。  ユーリが逃れようと身体をそらしているのに、デュークが被さるように更にくっつく。
 くっつくというよりも、押し潰しているようにも見える。
 口を、口で。

「んーっ!んっ、ふぁ……ん……」

 一瞬。
 一瞬何かが起きた。
 何が起きたのかは見えなかった。
 わからなかった。
 けど、何かが起きた。

「……」

 デュークを押し返すように力を込めてぶるぶると震えていたユーリの手が、逆にすがるようにデュークの服を掴んでる。

「……」

 ビックリするほど密着してた口は少しだけ離れたりくっついたりして、たまに唇より赤い何かがチラチラと視界に移る。

「……」

 凄く、静か。
 たまに、「ちゅっ」、なんて、水っぽいような小さい音が聞こえてきて……。

「ぇ……?」

 なんだっけ、こういうの。
 これって、あれ?
 唇同士をくっつける、あれ?
 え、でも、それって、これ?
 でも、「ちゅっ」て、あれでしょ?

 ――キス。

 あれ?あれって、なに?
 えっだって、まだくっついてる。
 まだ、まだくっついて……。
 あんな、だって、え。
 キスってこんなに長いものなの?
 だいたいキスってなに?
 キスって唇をくっつけるやつじゃないの?
 好きな人と、するやつじゃないの?
 あたしはエステルが好きだけど、そういう好きな人とじゃなくて、違う好きとするやつじゃないの?
 例えば、恋人同士とか……。
 これは、なに?

「……、ぁ」

 小さな、吐息混じりの声に驚いてびくっと体が跳ねた。
 見れば二人の口が離れてる。
 体はまだくっついてるけど。

「……」

 なにも言えずに、ユーリを見た。
 なにを言えば良いのかわからなくて、ユーリを見た。
 ぎくしゃくと、ゆっくり、ユーリがこっちに顔を向ける。
 目があった。
 ユーリの顔が、どんどん赤くなってく。
 こんなユーリ、見たこと無い。

「……っ」

 ユーリはキッと目を吊り上げてデュークを睨んだ。

「お前っ!人前でいきなり何すんだ馬鹿!」
「それは言ってもいいのか」
「馬鹿!」

 デュークは思いっきり自分を罵っているユーリじゃなくて、あたしに目を合わせた。
 思わず体が強張る。

「わかったか?」

 なにを聞かれているのか解らなくて、呆然と返した。

「……なに、したの?」
「キス」
「馬鹿!」

 ああ、やっぱりアレはキス、だったんだ。
 平然と答えたデュークにユーリが癇癪を起こした子供みたいに叫ぶ。

「これでも解らんようなら仕方無いが、そういう訳だ。これ以上時間を無駄にしたくない」
「ふざけんな馬鹿!言うなっつったのにっ!」
「言ってはないだろう」
「言ったも同然だろ!オレにもメンツってのかあるんだよ!」
「そんな小さなもの棄てしまえ」

 茫然と二人を見るしかできない。
 えっと、つまりなんだろう。
 ユーリとデュークが、キス、して、それでわかること?
 なにがわかるっていうの?
 だってキスは普通、好きな人とするもので、その、恋人同士がするものじゃないの?
 恋人、同士?まさか。
 そんなの、聞いたこと無い。
 だって、ユーリもデュークも男の人でしょう?
 まさか、違うでしょう?
 でもユーリ、嫌がってない?
 怒ってるけど、嫌がってない。
 それに、言ったも同然って、やっぱり、そうなの?
 そんな、まさか。

「違う……よね……?」

 ねぇ?
 声を掛けた。
 もう一度目を合わせたユーリは顔を赤くしたまま、頷きも、否定もしなかった。
 否定、しなかった。

「……なに、それ」
「リ……、リタ……」

 ふつふつ。
 イライラ。
 なんだか、ムカつく。
 怒りで、体が震える。
 目の奥が熱い。
 喉の奥が熱い。
 お腹の中がムカムカする。

「なによそれ!」

 ムカムカを吐き出して、あたしは走った。
 こんなところ、居れなかった。
 ユーリが後ろであたしの名前を呼んだ。
 振り返らなかった。
 だって、あたし泣いてる。
 こんな顔、見せらんない。
 凄く、凄く走った。
 なんで泣いてるんだかわからない。
 けど止まんない。

「はぁ……はぁ……はぁ……」 

 元々の体力がないせいで、足は直ぐに止まった。
 ユーリが追いかけてきている気配はない。
 当然だ。
 追いかけられていたらとっくに捕まってる。
 人通りの少ない所を目指して走っていたから、人気はまるでと言っていいほど無い。
 全力で走ったせいでガクガクと足は震えている。
 それでもまだ走り足りないと思った。

「…………っ、…………っ!」

 けど、もう動けなかった。
 路地裏で踞って、あたしは何故か泣き続けた。

「…………なぃ……」

 口から、音が漏れる。

「……認めない……っ!」

 音を、耳が拾って、同意する。

「認めてやるもんか……っ!」

 何かの間違いだ。
 あんなの、嘘だ。
 ユーリが、アイツとコイビト同士なんて、きっと何かの間違い。
 嘘。
 でなけりゃ、ユーリは騙されてるんだ。
 あのユーリが騙されることなんかないだろうけど、きっとアイツが何かしたんだ。

「許さない……っ!」

 アイツといるときの、いつもと違うユーリ。
 あんなユーリ知らない。ずるい。
 ズルイ。
 アイツなんか嫌いだ。大っ嫌い。
 絶対に、認めない。
 嘘だろうと、本当だろうと、絶対に。

「ユーリは……渡さないんだから……っ!」

 戦いの火蓋が切って落とされた。