好きです。きっと、
あなたが思っているよりそれよりずっと
少年は私に何故か感謝した。
「助かったよっ!ありがとう!いや……ほんとに良かったのかはわからないけど……」
少女は私に理不尽かつよくわからない怒りをぶつけてきた。
「ふんっ!今、虫の居所が悪いの。悪い?アンタには関係ないでしょ。なに、……ユーリ?知らないわよっ!勝手にしてよねもうっ!こっちは被害が減って清々してるわよ!ふんっ!」
満月の子は頬を膨らませ怒って、いや、拗ねていたのか。
「くすん……。私の方が先にユーリと会ってたのに……。私とだってぎゅーってしてたのに……ずるいです……」
学者の娘はこれ見よがしに不満を露にしていた。
「残念だわ。せっかく楽しかったのに、本当に残念だわ。……ユーリなら向こうよ」
青年の友人は、
「えっと、友人として正直、ちょっと複雑でして……すみません、また今度ゆっくり話しましょう」
会った早々逃げるように去っていった。
「どうしたんだ、アイツ……?」
彼はと言えば不思議な反応を見せる彼らとは違い、何時も通りだ。
「ま、なんにせよ、久しぶりだな」
否。
片手を上げて軽く挨拶を済ませる彼は、私が想いを告げる前と変わらない態度でいる。
これは良いことなのだろうか?
よくわからないが、何故か少し寂しさに似た感情を覚える。
「今日はどうしたんだ?」
想いを伝えた直後の気まずさはなく、良好にも見える。
がしかし、あまりにも何か期待外れだ。
先日、私の向ける好意に応えてくれたのに……。
いや、実際自分でも何を期待していたのかはわからないのだが。
「デューク?」
一言も口にしない私を不思議に思ったのか、小首を傾げながら彼は腕を広げた。
それに誘われ、一歩前に足を出して私も腕を広げて彼を抱いた。
「どうしたんだ?」
唯一、良かったと思える変化ははこれくらいだろうか。
抱擁を自ら望み、また拒むこと無く受け入れてくれるようになったこと。
それが許される立場、恋仲に成ったことか。
しかしそれにしても何かがおかしい。
「……好きだ」
「ん、知ってる」
「お前は?」
「好きだからこうしてんじゃねぇの?」
身体を預け、更に身体を密着させ、青年は当然のように答えてくれる。
しかしそれが何かおかしい。……と、そう思う私こそがおかしいのだろうか。
例えば、そう、
「……したい」
「ん?」
「キス、したい」
私は彼を抱き締めるだけでは既に満足できない。
思っていたよりも自分は欲深な人間らしく、彼にあらゆる事を求めようとしている。
それは、彼が「好き」だから当然生まれてくる欲求なのだと、私なりに思っていた。
何故なら、彼以外の誰かにその様な事をしたい等と思ったことはないからだ。
「きす?」
しかし彼は「なぜ」と目で問いかけてきた。
ある意味、想像通りで胸が痛む。
やはり自分はおかしいのかもしれないと思いながら答えた。
「好き、だから……」
「……」
瞬く彼は何を考えているのだろうか。
好きだから、キスをしたいというのは違うのか。
しかし接吻とはそういうものではないのか。
物事に段階があるとも知っているが、もしやまだその段階ではないのだろうか。
だとしたら次は何だというのだろうか。
この、無性に唇を押し付けて彼の薄い唇を食み、その口内で踊る舌までの感触を、熱を、味を知りたいと言う欲求の前に、なにがあるというのだろうか。
何も思い付きはしない。
「……したいのか?」
不思議そうに私を見詰める彼に頷いた。
「お前は、そう思わないのか?」
そして逆に問う。
「……」
口を閉ざした彼を見て、不安が増す。
やはり、自分は違うのかもしれない。
長らく人と接していなかったせいかもしれない。
普通の人である彼は、今の今まで「キス」という行為を考えたことはなかったのだろう。
でなければ彼がこうも答えを出さない理由がわからない。
しかしそれなら、彼は何を求めているのだろうか。
仮にも、「好き」だと言って返してくれたのに、私とは違って欲というものはなにも無いのだろうか。
それは彼の様子から薄々と感じてはいたが、それが普通なのだろうか。
普通は、相手にも何も望まないのだろうか。
それとも根本的に、彼の言う「好き」とは、私のとは違うのか。
だとしたら私はどうすれば良いのだろうか。
「……わかった。いいぜ、来いよ」
「!」
何れ程の時間が経過したかはわからないが、暫く考えに耽っていた為、久方ぶりの声に驚き身が跳ねた。
遅れて、向けられた言葉の意味を理解し、身が固くなる。
「……いいのか?」
思わず、そう尋ね聞いていた。
「わかんねぇけど、したいんだろ?なら、そういうもんなんじゃねぇの?」
返ってきたのは曖昧な答えだが、そこに否定や拒絶はない。
だが、一度感じた違和感が消えてくれない。
寧ろ増した。
やはり私の「好き」と彼の「好き」は違うのかもしれない。
「しないのか?」
行動を起こさない私に焦れたのか、変わらぬ調子で問いかけてくる。
その態度が酷く軽く感じ、自分の想いの深さと相俟って違和感を増長させ、余りにも耐え難い差を浮き彫らせた。
私は彼を抱いていた腕を緩め離した。
「デューク?」
「……しない」
「は?」
触れたい。
この、自分の唇で彼に触れたい。
彼という存在のありとあらゆる場所に口付けて、唇で触れる彼を知りたい。
私は強くそう思い、望んでいるのに、どうも感じる彼との温度差に生じた躊躇い。
「今日は、しない」
もしかしたら、時期尚早だったのかもしれない。
私の気ばかりが焦っているのかもしれない。
だとしたらそれは普通の人である彼の気持ちに無理を強いていることになる。
幾ら同意を得たと言っても、無理強いに近い事はしたくない。
例え、彼にその自覚があろうが無かろうがだ。
今すぐにでも口付けたい衝動を背中を向けて耐える。
「……ふーん……」
気の無い、呟きとも言えないものに余計複雑な気分になった。
まるで彼にとってはどうでもよい事だったような、たったのそれだけで済まされてしまう事だった事が、どこか悲しい。
……少し、距離を置いた方がいいのかもしれない。
手の届くところにいるから、ついと手を出したくなるのではないだろうか。
確かにいつの時代も人間とはそういう生き物だ。
もしかしたらその間に、彼自身の気持ちにも多少の変化があるかもしれない。
そうだ。
私の方が先に好意を寄せていたから、相手を思っていた時間の差かもしれない。
やはり時間は開けるべきだ。
「……また」
「お、おぅ、またな」
少しだけ振り返り、いつものような別れの台詞を聞いてから歩きだす。
さて、自分はどれほど彼と会わずとも耐えることができるのだろうか。
最近では三日と開けずに足を運んでいた筈。
そこから考えるに、少なくとも四日以上は離れた方が良いだろう。
「………………長いな」
思わず独り言を呟くほど、想像しただけで長い時間を感じた。
果たして、私に出来るのだろうか。
様々な不安を抱えながら、私は街を離れることにした。