「今日は、仕事じゃなかったか?」



 声に、跳ね起きた。



「うわぁっ!ゆ、ユーリ!?」
「……」
「ど、どうしたの?」
「……誰か、」
「え?」
「誰か、居なかったか?今、」
「え、誰もいないけど……」
「……そうか……」

 久しぶりにベッドの誘惑を受けずに起きれたのに、心臓がどくどくと煩く跳ねていて落ち着かない。
 おかしいな、ちゃんと忘れてるのに……。

「ユーリ?」

 気のせい、か。
 何故か弱気になってくる。

「大丈夫」

 自分に言い聞かせるよう立ち上がった。

「ノール港だよな、行こう」

 早く、身体を動かして、忘れてしまおう。
 頭が痛くならないように、なにも、考えないように。









 そう、思ってたのに、











「今日は早かったじゃない」

「うん。あれ、ボクの気のせいだったのかも」

「ところで、そのユーリはどこに行っちゃったの?」

「なんか、行きたいところがあったんだって」

「行きたいところ?」

「うん、だから、そっちの方探すって」

「じゃあ、呼びに行きましょうか」

「それらしい指輪も見つかったしね」

「後は報告だけね」

「意外と早く終わったね」

「これが本当に、依頼人の言ってた大切なものだったらだけどね」

「いやな事言わないでよ……」













 鳥が鳴いている。
 港町で必ずと言って良いほど見かける白い鳥。
 空を飛んでいるのもいれば、羽を休ませているのもいる。
 あの人は、鳥使いかなにかだろうか。
 どこかで見たような気がする。
 いや、なにか、似ているものを知っている気がする。
 そうだ、ウサギだ。
 白い、ウサギだ。
 あの夢に出てきたウサギに似ている気がする。
 きっと、目は赤いんだろう。
 その腕に一羽、足元に数羽。白い鳥が集まっている。
 丁度、あのウサギのような人が立っている辺り。
 あの辺りに用があったのに、近付けない。
 目に映る光景はきれいで、近付けない。
 自分が近付いたら、壊れてしまう。
 わかっていた、けれど離れることもできない。
 口からつい息を漏らしたと同時に鳥が羽ばたき、空に向かった。
 白い人はその行方を目で追っている。
 ――行かないと。
 オレも、もう行かないと。
 もう、充分だ。
 わかっているのに足が動かない。
 目が逸らせない。
 ごく自然に、白い人がこちらを向く。

「……、お前か」




 心臓が止まったかと思った。







「あれ?」

「!」

「ラピード!?」

「なんでここに?」

「ワンっ!」

「あっ!」

「追うわよカロルっ!」










 知らない。
 覚えてる。
 知ってるはずがない。
 覚えてくれていた。
 違う。
 だってこの人はあのウサギのように――してくれない。
 あのウサギ?
 どのウサギ?
 知らない、知らない知らない知らない。
 この人は知らない人。
 知らない人。
 オレは知らない人。
 オレの知らない人。
 オレを知らない人。
 でも、覚えていてくれた。
 なぜ?どうして?どうせ知らないくせに。
 知らないくせに。
 憶えてないくせに。
 覚えられていないくせに。
 どうして嬉しい?
 それとも悲しいのか?
 よくわからない。
 割れるように頭が痛い。
 裂けるように胸が痛い。
 オレは今、立ててるのか?
 気持ち悪い。
 頭の中がぐちゃぐちゃになってて、痛くて、苦しくて、なにがなんだかわからなくて。
 オレは今、普通でいられてるのか?
 答えは誰もくれない。
 無言で横を通り過ぎる白い人の動きが酷くゆっくりに見える。
 一度だけ合った、もう合わない赤い目が視界から消えて、足音が背後に聞こえた瞬間、力が抜けた。
 目を閉じて、少しだけ楽になった意識が急速に遠退いてく。
 ふわっと身体が浮いた気がしたのはもう夢を見ているからか。
 感じたどこか懐かしい香りと熱は、きっと夢の話。
 全部、夢の話。















「あなた……っ!」

「ユーリっ、大丈夫っ!?」

「クゥーン……」

「知り合いか」

「……そうよ。少し前の、あなたともね」

「……何処へ運べばいい」

「え、……は、運んでくれるの?」

「このままでは身動きが取れないからな」












 ゆらゆら、揺れる。
 酷く心地いい。
 懐かしい感覚、匂い、熱。

ユーリ、

 また、夢を見る。














「あの……、どうしてここに?」

「それに答える必要はあるのか」

「それは、えっと……」

「あなたにはどうでも良いことかもしれないけど、困るのよ。あなたに会うのは」

「……」

「ねぇ、どうしてここに来たの?ここには何もないじゃない」

「お前達には関係ない」

「……質問を変えるわ。あなた、他にも街を廻っているの?ダングレストとここと、他には?」

「……もうここには来ない」

「じゃあどこに行くの?」

「その前に、私も聞かせて貰おう」

「……なに?」






「……お前達の知っていること全てだ」