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「よし、来いっ」
自らの腿をパンッと叩き、誰が聞いても気合の入った声が正面から上がった。
「……どこへ?」
しかし言った本人である青年は立ち上がらない。
多少は減ったものの、未だ大量の料理は今日も何とか胃に入れて既に片付けている。
後はいつものように帰るだけと思いきや立ち上がる気配はない。
「来い」と言われたからには何処かへ、それも、言った青年の指定する何処かへ行くか、もしくは剣を交えるという意味かとも思ったがどちらにせよ今現在青年の目の前にいる自分が動く様子の無い彼に向かっていくのはおかしな話だ。
「……ちっ」
問いかけに対して返ってきたのは痛烈な舌打だ。
いったい私の何が悪いのか、いい加減彼に付き合うのも疲れてきた。
と、自分で思っておきながらなるほどと同時に納得した。
彼の言う「付き合う」というのは正しくその通りの意味で、俗に言う恋だの愛だの類ではないのだ。
『好きだ。付き合ってくれ。アンタが欲しい。……普通、男相手にこんなこと冗談でも言うか?』
以前に言われた台詞だが、「好き」というのは非常に単純なものなのだろう。
きっと後半の台詞はまだ解読できないが恐らく似たり寄ったりなもので、私の勘違いなのだ。
恐らく無自覚に、常人が聞けば恋愛方面と勘違いされるような言葉選びをしてしまっているのだ。
見知らぬ彼の知人たちには同情する。
「いいか、オレたちは一応、付き合ってんだ」
確かに最近、私は彼に付き合っている。
言い方にはやはり首を捻りたくなるが、わざわざ私が注意することではないだろう。
「そんでもって今日は天気がいい」
全く脈絡が無いが確かに天気はいい。
暖かな日差しと心地よい風は心を穏やかにしてくれる。
目の前の青年のせいで今はそうと思えそうにないが。
「時間は昼」
太陽は真上より少し西に沈んでいる。
だが昼食を共に食べたばかりだから間違いなくそれは共通の感覚だ。
「……」
しかしそれ以上言葉は続かない。
「……それがどうかしたのか」
結論のない、現在の状況だけを述べた彼に当然の疑問を投げかけたのだがフンと鼻で返された。
「ちったあ自分で考えやがれ」
彼の眉間には最早標準装備の皺が倍に増えている。
私にどうしろというのか。
皆目見当も付かない。
「はぁ……」
息を吐いた。
疲れを始め、様々な思いを溶かした息を吐いたが当然一息で解消されるはずもなく、思っていたよりも気持ちが軽くなることはなかった。
「……帰ってもいいか」
「駄目だ」
流石にもう、これ以上付き合ってられない。
一応礼儀として尋ねたのだが、即両断された。
ならばとこちらも遠慮なく返してやる。
「言わせて貰うが、お前の発言は常に要領を得ていない。言いたいことははっきり言え。付き合ってられない」
「っ、」
ぐっ、と彼が詰まったのが見て取れた。
少しは自覚があったのか、反論はない。
さて、これでどうすればよいのか。
一案としてはこのまま席を立つというものがあるが、それはできない。
なぜなら彼が凄まじい気迫の篭った目で席を立つなと訴えているからだ。
気のせいかもしれないが、気のせいではないかもしれない。
もう一案、仕方なく待つことにしよう。
「……ら、」
「……?」
空耳か?
「……、してやる」
いや、彼が何か言ったらしい。
「聞いてんのかよ」
「聞いているが聞こえない。はっきり言えと言っただろう」
「、」
むっと口を曲げた青年。
だが反論はない。
それなりに自覚があったようだ。
他にも自覚を持つべき点はあるとは思うがそこは勘弁してやろう。
彼を相手にしていると自分が素晴らしく寛大だと思えてくるのだから不思議だ。
恐らくそんなことはないはずだが。
「……まくら」
「なに?」
「まくらだよ、ま、く、らっ!」
まくら。
思い当たる単語といえば寝るときに頭の下に敷く物だ。
「枕がどうした」
話の繋がりが見えずに聞けば、叫ばれた。
「っ、膝枕っ!してやるっ!って、言ってっ、んだよ!!バカっ!!!!!」
その上罵られた。
しかしそれよりも注目すべきは彼だろう。
「……大丈夫か?」
未だかつてこれほど赤くなった人間を見たことがない。
思わず心配してしまうほど、異常に顔が赤い。
「うるせぇえっ!わかったらとっとと寝ろやこのやろぉおっ!」
「!」
勢いよく強い力で腕を引かれる。
傾いた上体を支えられたと思ったら、頭部は少し高い位置に落とされた。
視界が空を仰ぐ前には暗くなり、彼の手で覆われたのだと理解した。
「寝ろ!」
しかし随分と寝かせる気のない言い方だ。
それに、
「どういうつもりだ」
「昼寝しろっつってんだよ。いいから大人しく寝やがれ」
「その前に説明しろ」
聞きたいのは何故今寝る必要があるのか。
そもそも視界を他人に奪われてそうそう気休めるものでもない。
それも他人の膝の上で。
「理由ならさっき言っただろうがっ」
全く覚えがないのは私の気のせいだろうか。
「わかったらとっとと寝ろ。暫くテメェの為に膝貸してやる」
頼んだ覚えはないが、視界を塞がれるとともに頭を押さえつけられていて身動きが取れない。
無理やりこの手を払い除け立ち上がることもできるだろうが、そこまでする必要も感じない。
無駄に疲れるだけだろう。
仕方ない。
ここは彼の言うとおり、彼が満足するまで付き合ってやるしかない。
小さく息を吐いてから、意識を放る。
とは言っても、仮眠程度。
熟睡するつもりは毛頭無い。
風の音、葉擦れの音、自分の鼓動。
それらに耳を傾け、思考を止める。
―-どれくらい経っただろうか。
一時間も経っていないはずだ。
薄っすらと視界を明ければまだ日は高い。
意外にも枕役を買って出た青年は静かにしていて、思っていたよりも疲れが取れている。
いつもこう、静かならば疲れないだろうに全く。
そういえば、こうも静かな彼と対峙したことは無い気がする。
まあ、静かにしていてもきっと眉間に皺を寄せた愛想の「あ」の字さえ感じさせない表情でいるのだろう。
他に彼の顔で思いつくのは先の赤面(ただし眉間の皺と目の鋭さは変わらず)くらいだ。
と、思いながらふと見上げれば、想定外の顔がこちらに向いていた。
思わず凝視してしまうが相手は気付かない。
それもそのはず、人の頭を自らの膝に乗せて置きながら青年は眠っていた。
聞き耳を立てればすぅすぅという寝息すら聞こえる。
その表情と言えば当然無防備そのもの、安らかなものだ。
コレが目を開ければ鬼かなにかの形相になるとは信じがたいが事実だ。
顔は悪くないだろうに。
そう思う。
目を閉じているから良くはわからないが、恐らく悪くはないだろう。
鼻立ちと、口元、閉じられた目元のバランスを見て判断する。
というか、悪くないからこそ、目を吊り上げ人を殺す勢いで迫ってくる彼が余計恐ろしく見えるのだろうか。
それにしても、何故この体勢で寝れるのか。
他人を膝の上に置きながら寝入っている彼に神経は無いのだろうか。
剣客として少々隙がありすぎではないか。
しかし今わざわざ起こして注意するのも馬鹿げている。
せっかく静かなのだ。眠らせておこう。
そっと体を起こし、座ったまま器用に眠る彼を見下ろす。
全く気付いていないようで、くぅくぅと寝ている青年。
そのまま立ち去っても良かったかもしれない。
好きで付き合っているわけでもないのだから。
このまま放っておいて、強盗に襲われても自業自得だろうし、そもそもこんなところに強盗は出そうもないから安全といえば安全だ。
さすがに魔物が出たら気配で起きるだろう。
「……はぁ、」
そこまでわかっているのに、自分は立ち去らなかった。
どころか、腰を下ろして隣に座る。
一応、一対一ではなかったにしろ自分を倒すほどの腕を持つ彼がここで魔物や強盗などに襲われることなどないだろうがしかし、あまりにも熟睡しているように見える。
世の中万一ということがある。
このまま放っておいたら寝覚めが悪い。
それに、もしも置いて行ったら後々次に再会する時が恐ろしい気もする。
いや、きっとそれは間違いない。
だからここに留まったのだろう。
――それにしても。
この青年、本当に器用である。
座ったまま、よくこうも寝れる。
背に支えがあるわけでもないのに。
寝苦しくはないのか。
思っていると、タイミングがいいのかなんなのかぐらりと青年の体が傾いた。
反射的に腕で支えてやるが、それでも彼は起きない。
このままの体勢でいるのは無理だが、どうするか。
起きてもらうのが一番良いのだろうが、起こすのはまた面倒が起きそうな気がする。
自分で起きてもらうのが一番にしろ、先ほどと同じように座らせてやってもまた倒れるだろう。
なぜこうも気を使わないといけないのか、困ったものだ。
「はぁ……」
何度目かのため息を吐き出して、決めた。
青年を支えたまま、自分は体勢を整える。
なるべくそうっと、起こさぬように丁重に扱ってやりながら思うのはやはり不満の二文字だが仕方ない。
倒れかけた青年の体を横にして、崩した自分の足の上に頭を乗せてやる。
つい先ほどまで自分がされていた体勢にして、一息つく。
空は青い。
さわさわと葉擦れの音が耳に心地よく響く。
手持ち無沙汰の手をなんとなく彼の頭、額のあたりに置く。
ついでに額に掛かっていた髪を払ってやった流れで髪を梳いてやると、さらりと指から抜け、意外にも上等な髪だと思わざるを得ない。
暫くはこれで暇つぶしができるだろう。
――さて、彼は何時になったら起きるのだろうか。
デュークはどこまでも青い空を仰いだ。
青年が目を覚ましたのはそれから数分ほど経った後。
熟睡はしていたが、思っていたよりも早く目が覚めてくれて良かったとデュークは内心喜んだ。
「目は覚めたか」
うっすらと目を開けた青年に向かって、デュークとしてはかなり丁寧に声を掛けた。
覚醒を促す為に髪の毛を意図的に梳いてもやった。
青年はぼんやりとはしていたが、目も合った。
だが、
「」
言葉は出なかった。
青年は寝ぼけていたのだろう、そう、間違いなく寝ぼけていた。
「……ぁ、……え……?」
暫く見詰め合ったのちぱちぱちと意外にも大きい瞳を瞬き、覚醒したらしい青年は戸惑いの声を上げたことでもそれは容易に理解できた。
が、この時デュークの情報処理能力は著しく低下していた。
「な……」
一瞬にして染料で塗ったかのように真っ赤に染まる顔色と、最新記録を更新しているであろう眉間の皺の深さと眼光の鋭さにも気付かないほどに惚けていた。
「なにしてやがんだコノヤロウっっっ!!!!!!」
「っ!」
ドンっと突き飛ばすように押され、そのまま後ろに倒れるデューク。
反射的に庇った為、頭は打たずに済んだものの背中を強く打ち付けた。
「クソこのっ、この……っ!覚えてやがれチクショォオッ!!」
デュークを突き飛ばした反動で起き上った青年は捨て台詞を吐き出している間に背中を向けて駆け出していた。
――逃げられた。
頭にその一言が浮かんだ後に、ようやっと青年が寝ぼけていたこともデュークは理解したが暫くその場を動くことはできなかった。
打ち付けた背中が痛み動けない。というわけではない。
「……」
ぼんやりと見上げる空は変わらず暖かな日差しと心地よい風を吹かせ、心を穏やかにしてくれる筈なのに一向に落ち着かないのだ。
次々と思い浮かぶのは全てもうここにはいない青年へ向けたもので、発散させる術が無いのが原因だろう。
なかなか立ち上がろうとさえ思えず転がり続けていたデュークだが、不意に浮かんだ青年に対する形容詞に正気に返った。
――いい歳をした男に対して、「かわいい」など馬鹿げている。
普段理不尽な怒りを露わに人を目で殺す勢いで睨まれていたせいか、どうやら感覚がおかしくなっているようだ。
しかし困ったことに、ふにゃりとあどけなくも無防備に浮かんだ笑みはどうしても「かわいい」としか表現のしようがないようで、他に適切だと思える言葉がいつまで経っても思い浮かばない。
「……はぁ……」
すっかり癖になってしまったらしい溜息を一つ吐いて、それ以上考えるのは止めることにした。
どうせ次に会う時向けられるのはあの無垢な笑顔ではなく、殺人鬼かなにかのような形相に決まっているのだから。
そう遠くない未来を想像してまた一つ溜息が零れた。
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