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目の前に大きな黒い袋を突きつけられたのは、何度目かの町の散策に腕を引かれたその日の午後だ。
とは言っても、今は町には居ない。
町外れの小高い丘にまで来ていた。
人気の無い場所は有りがたいが、わざわざこんな所まで足を延ばす必要性がわからない。
そこで青年は、突然どこからともなく黒い袋を取り出したのだ。
「食え」
その上無理難題を吹っ掛ける。
いや、もし中身を指しているのなら、もし中身が食物ならば無理難題ではないかもしれないが、何故このような話になったのかは全くわからない。
青年は徐に腰を下ろし、袋を開けた。
中に入っていたものも黒かった。
高さのある黒い箱が一つどんと聳え立っている。
さらに青年は、それを解体し始めた。
段重ねだったらしい箱は、高さを低くして五つに別れた。
その全てに、色とりどりの食材が然り気無い技に飾られながら調理された状態で収まっている。
一部の地域で使われている箸という食器が手元に置かれた。
成る程。確かにこれなら食べられそうだ。
「……」
しかし、各々に異なる料理が詰められた五つの箱が並んだ向こう側で、青年が腕を組み、目までもを据わらせ此方を凝視していた。
一挙一動を備に見届けようとする強すぎる意思は充分すぎるほどに伝わり、少しでも隙を見せたら彼の傍らに置かれた剣が銀色を見せるような懸念が沸く。
徐々に鋭さを増す視線に警戒していると、青年が口を開いた。
「…………オレの作った飯は食えねぇってか?」
………………………はて。
予測通りのドスの効いた低音だったが、内容は予想と違うようだ。
それも何か、聞き捨てならない事を聞いた気がする。
「……作った?」
「文句あっか」
「お前が?」
「悪いか」
改めて箱の中を覗けば先程ザッと目を通した通り、色彩鮮やか。
然り気の無い、ある種の芸術を感じさせる盛り。
一箱一箱、数種の異なる料理が詰められている。
これを、青年は作ったと言う。
赤、緑、黄、白、他多色。
煮たり焼いたりとの調理方でだろう、ほんの少しづつだが彩りが同じ食材でも違い、各箱の中で各々色彩と明暗のバランスが絶妙に保たれている。
さらに、ふとした所に花や鳥を模すよう切り飾られたものがあり、よく見れば切り口も各調理に合わせて切り分けられていて見飽きる事がない。
極めつけに一箱につき、少なくとも九種の品が収められているのにも関わらず、五箱の中で食材と調理法の双方が重複するものは見た限り無いように見える。
料理に関して詳しいとは言えないが、それでもこれほどの物は中々目にできない事くらいは分かる。
「凄いな」
「食えなきゃ意味ねぇんだよっ。早く食いやがれ!」
「……」
素直に感心したのに対し、青年は眉を吊り上げて吠えた。
この青年はどうも気が短い。
わざとらしく一つ息を吐き、箸を手にとった。
なんで私はこんなことをしているのだろうかと大変疑問に思いながら、二本の棒の間に煮物を挟み口に運んだ。
「……うまい」
噛み砕き飲み込むと、口から自然と出た。
殆ど無意識に出てしまった言葉と、つい先程口に広がった味を思い出しながらもう一度、今度は自分で言った。
「これは、美味いな」
あまり食には興味が無く、とりあえず生きるために栄養を摂取してはいた。
その中でも人の営む店にも足を運んだことも幾度かある。
昔、まだエルシフルと出会う前は貴族街の店にも行ったことがある。
恐らくそういったところでの料理は美味いのだろうと判断していたがとんでもない。
間違いなく、青年の作ったという料理は美味かった。
他のものはどうだろうかと箸を伸ばして別の焼き物を口にしたがこれも美味い。
次に箸を付けるものに迷いも生まれたが、それ以上に食欲をそそられ箸を止める一瞬さえ惜しく思えた。
このようなことは全く初めてで、よりいっそう青年の料理が美味いのだと認識せざるを得なかった。
「うむ……美味い」
「……い、いちいち言うなっ。くっ、食えるなら…いいんだ……」
「……?」
珍しくいまいち覇気の無い声の調子に青年を見れば俯いている。
そういえば青年とは午前から一緒にいる。
普通、この時間まで行動していれば腹は減るものだ。
「お前は食べないのか?」
そんなことはないだろうと思いながらそう聞いた。
「……食うよ」
やはり腹が減ったせいなのか、青年の覇気は明らかに落ちていた。
ついさっきまでの喰って掛かるような物腰はどうしたと心配にもなったがしかし。
青年が再びどこからともなく袋を取り出して私の意識はそこに奪われた。
青年が袋を開ける。
黒に近い赤い箱が出てきた。
大きさはおよそ黒い箱の一箱分。
青年は更に蓋を開け放つ。
中には黒い箱の中に入っている物とあまり変わり無いものが見える。
まさかと思う間もなく、青年は箸を揃え、箸を赤い箱に伸ばし、料理を挟むと、口に運んだ。
ひょいひょいと次々に消えていく赤い箱の中身。
「……お前は、……食べない、のか?」
「アンタの目はガラス玉か」
人の事を言えた義理では無いだろうが、青年は無愛想に答えた。
確かにぱくぱくと食べているのは目視できるがしかしだ。
私の目の前に並んだ五つの箱はなんだ。
そして新たに現れた青年の手の内にある赤い箱はなんだ。
どう考えても五つの箱は一人分では収まり利かない。
せめて二、三人は消化するのに必要だ。
しかし新たに現れた箱はなんだ。
そこまで腹が減っていたのかと勘繰るよりも、私の目の前に綺麗に並んだ箱と、彼が手に持って離さず食べ続けるものに一つの疑念が沸く。
「……それはなんだ」
「オレの分」
赤い箱を指して言うとはっきりと答えは返ってきてしまったが、僅かな望みを掛けて今度は黒い箱を指し尋ねた。
「……これは?」
「アンタの分」
「これは?」
「アンタの」
「……これ」
「そこに並んでるのは全部アンタの分」
「……」
……流石に、無理難題だ。
改めて一人で食べるものだと見ると量の多さに目が眩む。
「……この量は、一人では食べれない」
正直に言うと、青年はけろりと言った。
「持って帰ればいいだろ」
持って買えるにしたってこの量。
荷物が多すぎる。
「お前も一緒に食べればいい」
二人ならばまだ希望がある。
そう望みを青年に掛けたが、吠えられた。
「バッッッッカ!お前となんか食えるわけねぇだろおっ!!」
少し食べただけで腹は満たされたらしい青年は途端に元気よく、良すぎる声を張り上げた。
「それ持って帰れバカっ!バーカ!!」
「……」
立て続けに幼稚な文句を吐くと彼は何故か手早く荷物を纏めて立ち上がった。
そして鋭く眼光を閃かせ、
「……次は減らしてきてやる」
次は。
の、捨て台詞。
しかも、「減らしてきてやる」という恩着せがましい発言。
更に人を射殺すが如くの眼光は次は完食しろと、でなければ制裁を下すと言下に言っているようにしか見えない。
美味いものを食べられるのは結構なことだが、怒りどころのよくわからない青年の相手をまたするのかと思うとそれだけでとても疲れる。
もう既に小さくなった彼の背を見ながら、残された料理に手を付けた。
「……美味い」
人間、誰しも取り柄はあるものだ。
とりあえず、来るべく日に備えて胃の限界を知る事にした。