**止められない。



「ラピード……」

 名前を呼ぶと、すぐ足元まで歩みを寄せられた。

「ワン」
「悪い……遅く、なった」
「……クゥーン」

 肩で息をするオレを心配しているのか、ラピードは声を上げて首を傾げた。

「別に、なんでもねぇよ。心配すんな」

 頭を撫でてやると力強く一度鳴いた。

「……なぁ、ラピード。ちょっといいか?」
「ワンっ」
「ははっ、話が早くて助かる」

 ダングレストから離れて歩き始めたラピードに付いて夜道を歩く。
 少し歩いて、街の灯りが薄く見えるか見えないかの位置に腰を下ろした。

「付き合わせて悪いな」
「ワン」

 気にするなとでも言うように尻尾を一度振り応えたラピードには感謝するしかない。

「……」

 夜風が緩やかに吹く。
 虫の音が微かに耳に届き静けさをより際立てた。

「……ふぅ」

 考え事するにはいい環境と言えるのだろうか。
 そう思いたい。
 何を考えるのかと言えば勿論の如く勝手に脳内に湧いて出てくるあの白いやつだ。
 何度でも思う事だが、ない。
 好きになるとか、ない。
 仮に、有りだとしよう。
 どこが好きだ。
 これまた何度でも思う事だが、ない。
 これっぽっちも思いつく要素がない。
 それでも、好きだと思う自分は不可不思議だ。
 しかもその種類が絶対的にフレンやラピードたちに対するものと違うことだけはやたらはっきり認識できている。
 不可不思議だ。むしろ不快だ。
 これまたまた何度も思う事だが、相手は男以外の何者でもない。
 あのタッパも厚みも咽仏も、抱きとめられたときの感触も、男以外の何者でもない。
 あの、綺麗な顔の下は意外に男らしかったし(感触的な意味で)、あまり考えたくは無いが付いているモノも付いているだろう。
 ……自分よりでかかったらちとショックだな。
 ……これは考えるのを止そう。
 ともかく、自分と同じモンが付いたヤツ相手にそんな、好きを向けるのは可笑しいし不快だ。
 と、考える自分。
 それとは別に思う自分もいて、頭を掻き毟りたくなる。
 口にするのもおぞましい事なのだが、その相手がデュークならばということでどんどんエスカレートしていく。
 数日前の自分は何処へやら、だ。
 「会えればいい」から、「触れたい」に変っている思考に、自分で思っておきながら愕然とする。
 確実にオレは戻れない方向へ進んでいるだろう。


「どうすればいい?」

 唐突に振られても、何の事だかわからないだろうとは解っていても、口から滑り出た。

「オレは、どうすればいいと思う?」
「ワフー……」

 らしくない。
 自分でもそう思う。
 それでも、止まらなかった。

「可笑しい。変だ。間違ってる。有り得ない。解ってるんだ」

 それでも、

「止まらないんだ」

 勝手に進行していくコレは本当に病としか言いようが無い。
 悩めば悩むほど、よく分からなくなるのに、気持ちだけが浮き彫りになって余計わけが分からなくなる。

「オレは、どうすればいいんだ?」

 ただ単に否定を続けても、逆に深みに嵌っているように感じる。
 いや、否定なんかする間もなくといったほうが正しい。
 考える余裕も猶予も無くデュークに惹かれていく――。

「――ワンっ」
「え?」

 ラピードが、一鳴きした。
 いつの間にか俯いていた顔を上げると頬を舐められた。

「こらこら、なんだいきなり……ちょ、ラピードっ」

 前足を肩に掛けられ、圧し掛かる重さに耐え切れずラピードと共に倒れた。
 感じた衝撃に一瞬閉じた視界を明けると、満天に星。
 黒とも紺とも紫とも言えない闇に、溶ける事のない星がいくつも散らばっている。

「ワン」

 地面に付いたオレの頭の隣にいつの間にか腰を下ろしていたラピードも、空を見上げている。
 広く高い、大きな空。

「……ああ、そうだな」

 ――小さい。
 今更気付いた。
 酷く小さなことで頭を悩ませていたなと空を見上げながら思う。
 ただ漠然と、そう思う。
 だいたい、元々オレは悩むだとか考えるだとか頭使う事が苦手なんだ。
 下手をすると知恵熱まで出てくることは昔から分かっていたのに……あの失態は道理だったというわけか。
 単純明快な答えは既に一つ出ている。
 確かに、納得はできない。できはしないけれど、それだけは今のところ変わらない。
 デュークが好きだ。
 別にそう深く考えなければいくつかデュークを「好きな点」はいくつかあったことに気付く。
 それもけっこう、意外なほど挙げられる点はあるし、ストンと胸に納得のいくものばかりだ。
 それなら、それでいいじゃないか。
 考えなければいい。
 報われる可能性はゼロと言っても過言じゃない。
 例え報われたとして何をするわけでもない。そんなこと、それこそ今考えなれない考えたくない。
 今のところ相手から嫌われているわけでもないのだ。
 この関係を維持すればいい。
 たぶん、平気だ。
 今日はあんまりにも突然、久々だった上、色々と馬鹿なことを考えていたのが悪かった。
 きっと、次は平気だ。
 あんな失態は二度とするまい。

「……話し聞いてくれてサンキュ、ラピード」

 軽くなった胸に感謝の言葉を送ると、また一つラピードは吼えた。

「すっげぇ楽になった」

 ほんとに、驚くほどスッキリしている。
 何を悩んでいたのやら、数分前までの自分に笑ってやりたい気分だ。
 デュークが好き。
 別にそれで構わない。
 自分がそう思ってても、誰か、第三者、もしくは本人に分からなければ何も変わりはしない。
 どうせ、濃い関係だって元より望んでいないのだから。
 何も変わりはしない。
 ――息を吸って、吐く。
 新たに吸い込んだ息は冷えていて、頭が醒める。

「――よしっ、帰るか」
「ワンっ!」

 土埃を払い、立ち上がる。
 薄く明かりが目に映る方向とは逆をふと振り返った。
 そこには闇しか広がっていないが、もう少し先に行けばケーブ・モック大森林が見えるだろう。
 明日、また行こう。
 そしたら、今度はもっとちゃんと会話らしい会話をしよう。
 聞きたい事は山ほど……まではないけどあるっちゃあるし、デュークの問いにも、有るのなら答えてやりたい。

「そうだ、今度はお前も来るか?ラピード」
「ワフー?」

 首をかしげたラピードに、まだ言ってなかったなと今更思い出し思わず噴出した。
 どんだけ切羽詰ってたんだよ、オレ。

「今日教えてもらったんだけどさ、デュークがこの近くに住んでるんだと」
「ワンワン」
「そっ、なんか美味い水も近くに湧いてる良物件らしいから、一緒に飲みに行こうぜ」

 ゆっくりとダングレストに向かいながら、二人並んで歩きながら話す。

「ワンっ」
「そうだな……、なんか土産でも持ってた方がいいかな?」

 何に喜ぶかは知らないけどと笑ったが、そこでふと一つ思い出した。

「あ、……わりぃ、ラピード。……土産忘れた」

 別に約束なんてしてなかったがすっかり忘れていたことには笑ってしまう。
 ラピードは気にするなとでも言うように一鳴きした。

「でもなぁ……、なんか欲しいものあるか?」

 せっかくだからと言えば、ラピードは突然小走ってオレの前に行くとくるりと正面に向き直った。

「ワン、ワンワンっ!」

 急かすように吼えると今度はダングレストに向かって少し歩みを速めて歩き出す。
 意図を察したオレはただただ湧き起こる笑みを、申し訳なさに歪めた。

「……はっ、そりゃ悪かった。確かに、そんな時間だったわな」

 急ぐラピードに付いて足を動かす。
 ――明日は土産、忘れないようにしないとな。
 何にしようかと考え歩いていたら、またラピードに吼えられた。

「はいはい、今行くって」

 病気と称してよいほどの速さで脳を侵食していく、このこっぱずかしいモノは、悩んだって無駄な足掻きでしかない上、足掻くほど深みに嵌っていく。
 そんな感情、無理に止めるのは元から不可能だったのだと、やっと辿りついた答えにオレの腹も空腹を訴えた。










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止められない。例えるならそれは病気。