知らないと言う。
 デュークはオレを、知らないと言う。
 知らない人に迷惑は掛けられないと言う。
 迷惑。
 オレに?オレが?オレは――?


















「原因不明。以上」





「……エアルクレーネに行ってたんでしょ?なら、変異したモンスター、あるいは植物が原因の可能性もあるし、エアルが直接脳に影響を与えたことも考えられるわ。まぁ、頭を強く打ったってのもあるわね」





「なんにしろ、詳しい検査をしないかぎり原因は不明よ。治療法もね」






「その必要はない」


















 下町の宿屋の一室。
 リタに診せたあと、デュークを殆ど無理矢理引き入れた。

「ほんとに、覚えてないのか?」
「何を?」

 温度を感じない声。
 ――覚えがあった。

「私は自分の名も、この世界も、在り方も、生き方も、すべき事も知っている。もし、お前自身の事を言っているのならば、私は知らないとしか言えない」

 淡々と。
 なんの感情も、色もない言葉。
 確かに、覚えがあった。

「しかし、私に記憶の欠如が有ることは事実だと認めよう」

 彼の言葉に感情が見え始めたのはいつだったか。
 もう、随分前に感じるけれど……。

「でなければ、始祖の隷長たちが揃って姿を消した理由にも、ザウデが起動しているにも関わらず、災厄が世界に害していない現状にも、理解出来ぬことが多過ぎる」

 そう、その後。
 星喰みが空から消えた後。
 何度か会って、どうでもいいような話をして、……いつも無表情のデュークをからかった事もあった。
 徐々に顔に出すようになった表情を見るのが楽しくて、嬉しくて、色んな事をした。

「お前は私を知っているらしいが、どの程度関わっている?」

 それらは全て、無くなってしまったのか。















 何を、どこまで話していいのかわからず、ただ聞かれたままに答えた。
 ザウデは、今は亡き騎士団長アレクセイが起動させてしまったこと。
 星喰みを倒すために、魔導器を人間は捨てたこと。
 フェローを始めとする始祖の隷長の殆どが精霊化したこと。
 他に何を語ればいいのか、わからなかった。
 語ってもいいのか、わからなかった。
 オレを、人を、冷たく見る紅い目に、人を愛してくれたことを言ってもいいのか、わからなかった。














 記憶喪失。
 話には聞いたことがある。
 けれど、実際にそうなった人を見るのは初めてだ。

「クゥーン……」
「世話になったな」

 ラピードを撫でたその手が、こっちにくることはない。

「……行くのか?」
「ああ」
「……ここにいても、いいんだぞ」
「何故?私がここに留まる意味はない」
「……」

 意味なんて、一緒にいるのにあるのだろうかとぼんやり考える。

「なぁ、」
「なんだ」
「…………なんでもない」

 たくさん。
 言いたいことは沢山あった。
 けど、全部消えてしまった。
 なに、言おうとしたんだっけ。

「――第一、迷惑だろう」

 ふと溢れた言葉に疑問を返す。

「……なにが?」

 なにが、誰に、迷惑だと言うのか。
 だって、ついこの間まで一緒に居た。
 ついこの間まで一緒に居て、すぐに帰ってくるって言ってた。

「私がここに居たら、邪魔だろう。ここは些か狭い」

 確かに狭い。
 けど、先にここに来たのはお前だ。
 殆ど無理矢理来て、新しく探すより、住むところがあるならここで良いだろうって言ったのはお前じゃんか。
 狭いなりに、手が届くところに居るからそれがいいって言ったのもお前じゃんか。
 嫌でもくっついてられるって笑ったのは?
 どうして笑ってくれない?

「お前が引き止める理由などないだろう」

 無い?
 無いのか?
 ああ、でも、確かにそうかもしれない。
 紅い目が、冷たすぎて、もう見てられない。
 声が、胸に刺さって、息苦しい。

「そ、ぅ、……だな……」

 頭が重くて、下を向くと何かが落ちた。
 ただぼんやりと、落ちたそれを見た。
 俯いたせいでか、酷く喋りにくい。
 けど、顔は上げられなかった。

「じゃ、ぁ……、さよなら、だ」

 もう会えないんだ。会っちゃいけないんだ。
 迷惑だから。
 どうして前は平気だったんだろう、あの目を見て、声を聞いて。
 とてもじゃないが、息をしてられない。

「……何故……、泣いて、」
「……ゃくっ、っ、けよ……」

 名前も呼んでくれない。
 手を伸ばしてもくれない。
 触れてくれない。
 当然だ。
 デュークは人が嫌いなんだから。
 迷惑。
 オレも、今のオレ、見て欲しくない。

「はやくっ、行けよ……っ!」
「……」

 風が動いた。
 何の言葉もなく、扉が開いて、閉まる音だけが小さく聞こえた。

「……クゥーン……」
「……ラピード、」

 足元で寂し気にラピードが鳴く。
 労りの念もあったのかもしれない。

「……頼んでも、いいか?」

 けれど、擦り寄るラピードを止めるようにそう言った。
 詳しく言わなくても、ラピードはわかったようだ。

「ワンっ」

 一鳴きすると、デュークの出ていった扉を器用に開けて駆けていった。
 オレは一人になった。








 どのくらい時間が経ったのか、意外にほんの数分だけかもしれない。
 帰ってくることは無いとわかっているのに、わかっているのに今にも扉が開いて「遅くなった」と、抱き締めてくれるんじゃないかって思った。
 帰ってくることは無い。
 わかってる。現実だ。






 どうしようもない。















  back   next