魔王とデュークの関係についてああだこうだと言うリタ達の頭に手刀がトンっ、トンっ、ドゴッと直撃した。

「ぃっ!」
「いい加減にしろお前達。今はそんな話よりも大事な事があるだろう」

 不満気に眉を寄せるものの反論しないのは確かに、と思ったのだろう――本気で頭がカチ割れたかと思うほどの激痛に悶えている者を除いてだが。
 手刀を下ろしたデュークは静かになったのを見て、よしとでも言うように一度小さく頷いた。
 そして、質問を投げ掛けたエステリーゼ達に向かって簡潔に纏めた。

「私は、前魔王とは友人。その息子である現魔王とは親しい間柄。これではいけないのか」
「〜〜っいけなくはないけどさぁー……ハイゴメンナサイ素敵ナ関係デスネ羨マシイっ」

 ちゃちゃを入れたレイヴンはギロリと鋭く睨まれ、まだ痛む頭を抱えながら即座に謝った。

「……いけないのか」
「そんなことないですよっ、異種族間でも親交を深めていると言う事実は変わりませんし、尊敬しますし良いと思います!」

 二度目の問いに慌てて答えたエステリーゼに「そうか」と言うと、デュークは皆に視線を渡す。

「他に聞きたいことは…………無いな」

 未だ残る好奇心を尋ねるのも憚られ、黙り込んだエステリーゼとフレン。
 まぁ別にいいか口をつぐむ者と未だ痛む頭を抱え痛みに悶える魔族。
 異論を唱える者は居なかった。

「ならば、先にこれからの方針を決めた方が良いだろう」
「まぁ、そうね。あたしも、まだあんたの考えわかってないし」

 リタがチラリとジュディスに視線を流すと、笑みが返ってきた。

「考え方は簡単よ。聖核は魔力の塊なのよね?」
「おっさんはそう聞いたけど?」
「なら、元々魔力が無ければ聖核なんてものできっこ無いってことよね」

 まさかとレイヴンは目を剥いた。

「ちょっと……何考えてんのよジュディスちゃん」
「元々、私たちはそのつもりで出てきたのよ」

 紅唇が緩やかに弧を描く。

「私は、今の魔王様が好き。あの方が好きなの」

 一目惚れだった。
 魔王が魔王になる前。
 まだお互い幼かった頃。
 本能的に、より強い魔族に惹かれる性質を持つにも関わらず、魔力が欠片ほどしか無かった小さな闇色の魔族に命も忠誠も何もかも全てを捧げると誓った。
 断られはしたけれども、その想いは何があろうと変わらない。
 月日が経ち、闇色の魔族が強大な魔力を手にしようと。
 求愛を断られた理由の姿にも関わらず、傍に居ることを許された人間がいようと、変わらない。

「あの方が生きてさえいればいい――例え、あの方が人間になったとしても、あの方が死んでしまうよりはいい」

 死ぬなと言われた。
 死ぬな。
 ならば、生きる理由には生きていてもらわなくてはならない。

「人間……に?」
「ええ」
「そんなことができるんですか?」
「……理論的には可能よ」

 理論的には、と繰り返したリタは腕を組んだ。

「相手の魔力を、他に移し換える。若しくは分散させる。できなくは無い」

 実際、魔族の中でも他者から魔力を奪ったり消失させたりするモノもいる。

「魔力を全部分離させると死んじゃうからほんの少し、人並みの魔力は残して魔力を切り離せば、残った肉体は魔族には魔族と認識されない。だから――」
「魔王は魔王ではなく、魔族でもない、人間になる」
「そうなんです?」
「そう。魔族ってのはただ、他の物体より魔力の潜在値が多く、奇形した存在なの。人間は他にも基準があるだろうけど、少なくても魔族はそう認識するわ」
「不可能でしょ」

 レイヴンは全く躊躇することなく断言した。

「魔力を少し残してって……、仮にそれが成功するとしても、元があの魔力よ?」

 前にすれば誰もが平伏す強大な魔力。
 それを受け止めきれる器があるのか。
 少なくとも、この場には無い。
 おそらく探した所で見付かることもないだろう。
 身に合わない魔力は暴走して、何が起こるかはわからない。

「あれを分離させるっていったら、溶かすしかないでしょ。そうしたら聖核が出来ないんじゃない?」
「溶かす?」
「簡単に言えば、空気に魔力を混ぜるって意味よ」

 魔力は万物に存在する。
 石にも土にも水にも、生き物にも。
 個々には許容量があるが、大気は循環し、あらゆる物質に触れ作用する為、平等に魔力を分散させることができる。

「魔力を分散させたら魔力の塊って言われてる聖核はきっとできなくなるわ。それは駄目よ」
「そう。そこなのよ」

 聖核を望む魔王に、故意に聖核を作れないようにするのは魔族の質から無理だ。
 元々レイヴンの言ったよう、魔王の魔力を徐々に大気に溶かして人間にという予定だったリタは、レイヴンと同じ結論に至っていた。

「人間にするのは賛成よ。でも、聖核ができなきゃアイツは絶対頷いてくれないし、あたしも……できない」

 生きるために足掻くと言った魔王にならば、人間になることを受け入れて貰えるだろうと思っていたが、魔王の目的が聖核となると話が違う。
 苦々しく言うリタに、ジュデスはまた笑った。

「あなたってほんと、頭はいいのに固いわね」
「……なによ」
「だって、彼がいるじゃない」

 彼。
 そう言って指されたのはデュークだ。

「彼なら元々魔払いの力もあるし、私達のように制約に縛られてないわ」
「でも……」
「……私は現魔王の勇者ではないのだ。魔王が死ぬことはあるまい。勇者の足留めをしなくてもいいのならば、それも手だ」
「……」

 魔王の対は一人。
 勇者はただ一人しか存在しない。
 魔を払う法術の力は魔族にとって驚異だが、魔王を死に導く者はただ一人。

「それに、法術を使えば魔力を分散させずに肉体と切り離すことができる」
「……確かに、それが聖核になる可能性は高いわね」
「でも、リスクが高すぎる」

 一人否定を示したのはレイヴンだ。

「それで聖核ができなかったらどうするの?」

 例えあの強大な魔力を分散させる事なく魔王と切り離しが出来立てしても、成功する確率などわからない。
 聖核自体、未知のものなのだ。
 どのような条件下で出来るかなどわからない状態でのそれは無謀すぎる。

「その時はその時よ」
「ジュデスちゃん……」
「だって、私には魔王様の魔力を払おうとしている彼を止められないわ。私、死ぬなと言われているんですもの」
「……なるほどね。確かに、旦那相手じゃ手ぇ出せないわ」

 それならば魔王の命には背いていない。

「つまり、おっさん達は旦那が事済ませた後にトコトコ顔だしゃいいのね」
「ええ、だって魔力が無ければどうしようもないでしょう?」
「……」
「私達はそれでいいとして、問題は勇者様達ね」

 スゥっと目が細められ射ぬかれた。

「聖核はできるかもしれない。けれど、可能性は五分より低い」

 選択は二つ。

「私達の提案に乗るか、より確実な方法を選ぶか――もちろん、後者を選ぶなら私達も相応の対応をとらせてもらうわ」

 ――聖核は必要だ。
 もう、何十年も前から帝都に聖核が存在しない。
 年々実りの少なくなる大地や、人を害する魔族の増加。
 次々と亡くなる皇帝候補はついにたった二人きり。
 決まらない次代皇帝に安定しない生活。
 人々の不安は募るばかりだ。
 聖核さえあれば、実際の効果が有るにしろ無いにしろ、人々の心は多少安定するだろう。
 ――しかし、

「――犠牲のある平和など、私は認められません」

 国の為に、魔王を倒せと言われた。
 人間との共存を望んだ魔王を倒せと。
 今は違う魔王だとしても、その魔王は人の希望でもある聖核を渡したいと言っている。
 己の命とも言える聖核を。

「聖核は、欲しい。ですが他に、例え可能性が低くても他に方法があるのなら、誰も傷付かない方を私は選びたいです」

 それが魔族だろうと、なんだろうと、関係ない。

「決まりね」

 多少思うところは違うにしても、方針は一致した。
 ならば行動は早い方がいいと立ち上がった皆は遠くに見える緑を目指す。
 魔王の待つ、迷いの森奥深くへ。
 かくして、人間と魔族による魔族の王を人間にするという前代未聞組み合わせかつ計画が今はじま――

「ぁぁああああ――っ!」
「えっなに!?」

 突然大声を出したリタに皆の視線が集まる。
 何事かと伺うと、リタは頭を抱えて唸った。

「…………森…………、通れない……」
「……」

 聞いて思い立ったのは僅か二名。

「えっ、なんで?どうしたの?」
「どういうことです?」
「なんの話ですか?」

 事情を知らぬものは、事情を知るものの妙な沈黙にただただ疑問の声を上げ歩を止めた。









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