ぼすっ。
 自室に帰りすぐに横になった。
 酷く疲れている。
 ――いや、疲れよりも、

「……ぃたい」

 魔王――ユーリは顔を自らの手で覆った。

「……っ」

 込み上げてくる全ての感情を押さえ付けるように漏れそうになった声を抑える。

「……これで、いいんだ」

 震える声で、自分に言い聞かせるよう何度も呟いた。

『――これでいいの?』
「これでいい。……いいんだ、これで――」
『……ホントに、いいの?』
「これでいい……いいんだ」

 頭の中で響く言葉に、何度でも言ってやる。

「これで……」
『ユーリ』
「……っ…………よかったんだ」

 ……ふぅー……。
 大きく息を吐きユーリは目元を擦ると天井を仰いだ。

「……なぁ、エルシフル――」

 今は亡き王にユーリは問う。

「これで、いいんだよな?」

 答えは勿論返ってくるわけもなく、ユーリの問いは虚空に消えた。









「リタ」

 カツンカツンと響くジュディスのヒール。
 屋敷の一室、少女の為に宛がわれた小部屋にジュディスは足を踏入れた。
 しかしそこに少女の姿はなく、黒猫が一匹部屋の隅で丸くなっているだけだ。
 ジュディスはその黒猫を拾いあげまた名を呼んだ。

「リタ、なにを拗ねているの?」
「……別に」

 黒猫は小さな口を開け応えた。
 普通の猫ならあり得ない話だが、この猫はただの猫ではなく魔族だ。

「それより、アンタ離しなさいよ。なに勝手に抱き上げてんの」

 猫が不機嫌そうにたしたしと自分を抱えているジュディスの腕を叩いた。

「あらごめんなさい」

 ジュディスが手を離すと、黒猫はくるりと宙で一回転し――一瞬で人のような容姿になった。
 その姿は蝙蝠のような形の羽と尻尾をもつ少女、紛れもなく先ほど魔王の前から走り去ったリタだった。
 ――変化。
 力のある魔物はその姿を変えることができる。
 大抵は人型と獣型。
 リタは幼いが、少女のような人型と猫のような姿を取ることができる力ある悪魔だった。

「なんか用?」

 ふんっ、と鼻を鳴らしながら言うリタは猫の時と変わらず誰がどう見ても不機嫌だった。
 ジュディスは特に気にするでもなく頷いた。
 正直リタは万年この調子だからだ。

「ええ、あの方から伝言」
「えっ?」

 驚いたように目を見張ったリタに、ジュディスはどんな男性も虜にするような笑顔を向けた。

「死ぬな――、ですって」
「……死ぬ、な?」

 呆然と聞き返したリタは次の瞬間叫んだ。

「ばっっっかじゃないのっ!!!!」
「リタ」
「なに他人のこと言ってるの!!??」
「リタ」
「アンタが死んじゃうんじゃないっ!!!!!!!」
「リタっ!」

 ハッと我に返ったリタは俯き項垂れた。

「!……ごめん」
「ここだったから良かったものの……、他じゃ大騒ぎよ」

 魔王が死ぬなんて言葉、他の者が聞いたらどうなるか――考えたくもない。

「……アンタもアンタよ」

 恨めしそうにリタは声を絞るように出した。

「なんでそんなこと笑顔で言えるわけ?おかしいわよ……」

 顔を歪めたリタにジュディスはやっぱり笑顔で答えた。

「おかしいなんて酷いわ」
「……なにがよ。どう考えてもおかしいでしょ」
「だって、私、今の魔王様が好きだもの」
「……はあ?」

 そんなのは当たり前だ。
 魔王に惹かれない魔族が何処にいる。
 反逆を企てたのは殆ど魔王を見たことの無い遠方にいる者達。
 姿を、力を一度でも見たことのあるものは必ず平伏す。
 魔王の血肉、力に為りたい想うもの。
 それは、当たり前の事だ。
 けれど――その魔王が死ぬ。
 その事実を知っているのは極少数。
 本当なら、知るものは魔王一人の筈だった運命。
 知るはずのないリタやジュディスが知っているのは他ならぬ魔王が漏らしたことが原因だ。
 魔王の死。
 そんなこと認めたくないし、防ぎたいとも思っている。
 だから、勇者が来たら指一本触れさせないつもりで居たのに……。

「だって、死ぬなって、言われたのよ……?」

 声が震えた。
 ジュディスは平然と答える。

「言われたわね」
「っ、盾にもなれないのよ?」

 噛みつくように言うリタに、変わらず平然と答えるジュディス。

「なったら怒るでしょうね」

 俯いたリタはぎりりと奥歯を噛み締めるよう、苦しげに顔を歪めた。

「黙って……アイツが死ぬところ見てろって言われたんでしょう?」

 そんなこと、聞きたくなかった。
 そんな命令、聞きたくなかった。
 魔王の命令は絶対。
 魔王を倒すほどの力ある『勇者』に魔王より小物の自分達が敵うはずはない。
 死ぬなとはつまり、手出しせずに逃げろと言われたのだ。
 魔王を置いて、自分達だけでも生き延びろと。
 これ以上なく酷い命令だ。
 頷きたくなくとも、頷かなければいけない。
 酷い、話だ。

「それなのに、なんで笑って――」
「そんなこと聞いてないわ」
「…………は?」

 思わず顔を跳ねさせたリタが見たジュディスは、やっぱり笑っていた。

「私、そんなこと聞いてない」

 いっそ楽し気にコロコロ笑うジュディス。

「だって……アンタ、今……」
「死ぬなと言われたの」

 その豊かな胸に手を置き、繰り返し、楽し気に言う。

「死ぬなと、言われたの」
「……どういう、こと……?」

 訳がわからず呆然と首を振るリタに、ジュディスは微笑んだ。



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