「珍しいですね」
「よう」
魔王は先まで居た屋敷から移動していた。
出迎えたのは人間の姿に変化している魔族。
褐色に近い色合いの肌に、つり目がちな黄金の瞳。
「今日は、どんなご用ですか?魔王様」
「……アンタにまでそう言われるとちょい悲しいな」
「なんの事でしょう」
「クローム、名前」
クロームと呼ばれた女魔族は嘆息を溢しながら答えた。
「……貴方こそ、私を一度も義姉と呼んでくれたことはないでしょう」
「言ってくれと頼まれた覚えもないな」
ケラケラと笑う魔王に、クロームはまた一つ息を吐いた。
「確かに、お頼みした事は無かったかもしれませんね。で、何の用ですかユーリ、こんなところに」
改めて律儀に言い直したクロームにユーリは笑った。
「こんなところとは酷くねぇか?仮にも先代魔王の屋敷に」
「事実です」
きぱりと、なんの躊躇いもなく言うその様子にユーリの方が躊躇した。
「……しばらく、ここにいるから」
「ここに?」
「ああ」
短く答えるとユーリはすたすた中へと入っていく。
「ユーリ」
すれ違い、互いに背を向けた状態で立ち止まる。
「魔王……、エルシフルも、以前、そう言ったことがあります。普段は使わぬこの屋敷に帰ってきて……一度目は彼と共に、二度目は……貴方も知っている通り」
くるりと身体を反転させたクロームには、ユーリの華奢とも取れる線の細い背が映る。
「貴方も、私を置いていくのですか?」
「……違うよ。でも、」
顔だけ捻ったユーリは、やはり笑っていた。
「暫くは、この屋敷に居て欲しくない」
クロームは何も返せなかった。
代わりに、前を向いたユーリが続ける。
「次の魔王。オレは、アンタがいいと思うんだ」
「……そればかりは、わからないでしょう」
「ああ、わかんねぇな。オレ自身、その最たる者だしな」
魔王の名を獲るには証が必要だ。
その証は形に成っているものでは無い。
「フェローを推さないのは、あの方が、人に対し友好ではないからでしょうか」
「ズバリと聞いたもんだな……、そうだ」
「でしたら、私も、貴方の思う候補から外した方がいいでしょう」
ユーリは思わず、体ごとクロームに向き直った。
「貴方までも亡くしたら、ソレ憎むと思います」
人間を、人とも呼ばないクロームにユーリは驚いた。
「……アイツが、いるのに?」
「ええ」
冷たい黄金の瞳は変わらない。
「アレ等より、貴方の命一つの方が尊い」
「でも……アンタはアイツが」
「ユーリ!」
「っ!」
「……先は、」
厳しい一声に、ビクリと体を震わせたユーリよりも、クロームの声は震えていた。
「その先は……、言わないでください……」
「……」
ごめん。
口から出かけた声を飲み込んだ。
――自分が、言える立場じゃない。
「……部屋、行ってる」
クロームは、暫くそこに立ち尽くしていた。
小さき背中が見えなくなるまで。
「なななななにっ!?いいいいいま、こえっ声が聞こえたわよっ!!??なんなの!?」
「フレン、剣をしまってください」
「ぎゃあっ!!またっ!!??もももももやっ、燃やしてやるぅっ!」
「エステリーゼ様、下がってくださいっ!」
「落ち着いてリタ。デューク、説明してくれないかしら」
大混乱。
この場を一言で言い表すとしたらそれしかない。
デュークは大きく息を吐くと、まず炎の魔術を発動させようとしている一番危険なリタを止めた。
勿論、実力行使。手刀を食らわせた。
「ふぎゃっ!」
「すまないが、法術を解いてくれないか」
デュークが言うと、エステリーゼはフレンに向き直った。
「フレン……」
「……わかりました。エステリーゼ様、立っていただけますか?」
フレンの差し出した手を取り、二人は立ち上がった。
次いで腰に敷いていたござを丸める。
「なっ!人間!?」
「……さっきから話していたのは貴女たち?」
驚き目を見張るリタとジュディス。
成る程。
デュークは一人納得した。
恐らくはあの敷物に術が施してあったのだろう。
「あの、驚かせてしまってすみません。わたしはエステリーゼといいます。こちらはフレン」
薄桃色の髪を肩口で切り揃えた令嬢、エステリーゼが言うと、フレンが軽く会釈した。
「……フレン・シーフォです」
目の前の魔族に警戒しているのか、フレンの表情は堅い。
しかしそれは魔族であるジュディスたちも同じだ。
「名乗られたからには、挨拶しなくてはね。私はジュディスよ」
「……リタ・モルディオ」
油断なく相手を見据え、窺う両者を置いて、エステリーゼはデュークに向き直った。
「改めまして、御初に御目にかかります。デューク・バンタレイ。私共の非礼をお許しください」
「エステリーゼ様っ!」
深く頭を下げたエステリーゼにフレンは声を上げたが、エステリーゼは構わなかった。
「あなたは、盟約が絶たれた今でも、魔族の方々と交流を変わらず深めているのですね」
「お前は……」
ふわりと柔らかな笑みがデュークに向けられる。
フレンが訝しげに眉を寄せた。
「エステ、リーゼ……様?」
「なに……。アンタ達、知り合いなの?」
「それにしては……」
首を捻る三人を余所に、デュークは笑みを浮かべた。
「……成る程」
それは、エステリーゼとは異なる、恐ろしいほどに冷たい笑み。
魔族でさえ震えるほどの、壮絶な笑み。
「……デュー、ク?」
「喜べ、魔王に仕える娘達」
なにを。
乾いた喉は音を発さなかったが、デュークはその笑みを深めて答えた。
「この娘達が知っているぞ。勇者の居場所を」