いつの間にか、その手には一振りの剣が握られていた。
「聞かせて貰おうか。お前達以外にも皇族があの地へ向かい歩を進めているだろう。何処にいる」
握られてはいるものの、その手は地に向かって下げられ構えの様子が見えない。
それなのに、動けない。
その眼差し、声に含まれたモノに抗うことが出来ない。
フレンはいつの間にか口内に貯まった唾液を飲み込んだ。
「いません」
凛と声を上げたのはエステリーゼだった。
「私達の他、あの地へ向かっているものはいません」
「なんだと?」
眉を寄せたデュークに、エステリーゼは不意にその膝を折った。
「英雄、デューク・バンタレイ。厚かましい願いだとは重々承知しておりますが、再び私達に御助力をお願い致します」
エステリーゼを凝視したまま、言葉の出ないデュークの紅瞳を真っ直ぐ正面から捉えた翡翠は濁りの一つも無かった。
「私の目的は、おそらく、貴方と変わりません」
「…………それって、どういう意味?」
ふと、リタが呟いた。
小さくたしなめるようにリタの名を呼んだジュディスの声は届かなかった。
「エステリーゼ、だっけ?アンタ達、何。まさかまた魔族と人間で仲良くやりましょうだなんてバカなこと考えてるの?」
「……バカ、ですか?」
きょとん。
何も知らぬ無垢な子供のように、不思議そうに小首を傾げたエステリーゼに吠えた。
「バっカじゃないのっ!」
「っ、エステリーゼ様!」
「リタっ!」
手をあげようとしたリタを止めたジュディスもしかしまた、エステリーゼを庇うように前に出てきたフレンをも含んで睨み付けた。
「貴女達が本当にそう望んでいるのだったら……悪いけれど、正直私もリタと同じ気持ちよ」
唸るリタを宥めながら厳しく言う。
「私達が人間と共存するのは難しい。人間が嘘を吐くモノなのはもうどの魔族も知っているわ。私達も、以前も伝えたとおり、人間を捕食しないとは言い切れない」
「だとしても!」
フレンが声を張り上げた。
「互いに忌み嫌うような立場ではなく、平穏に暮らせる方法がなにかある筈……っ」
「無い」
無情にも答えたのはデュークだった。
「何もない。人間が望む平穏など、人間にとっての小さなものでしかない。そこに人間以外の何かを招くことは無い」
「貴方は……っ!」
「人間が平穏を望むのなら、実現しようと願うのならばすることは一つ」
ゆっくりと、刃が水平に持ち上げられる。
「お前達も、元々そのつもりなのだろう?」
「違いますっ!私達はそんな……」
「今はどうか知らんが、お前達の望むよう事が運ばなければそうする手筈だろう。先立ってそこの騎士も魔族を害と捉えたから剣を構えた。異論はあるか」
「あれは……っ当然の防衛策です!」
「これから和平を望む者の行動とは思えんな」
ぐっと詰まったのを見てデュークは短く息を吐き捨てた。
「話に成らん」
「……アンタ、この二人どうするの?」
落ち着きを幾分か取り戻したのか、ジュディスから解放されたリタが問う。
「無論、引き取り願うだけだ」
「そうね。それがいいわ」
同意を示したジュディスにリタも頷く。
「待ってくださいっ。私達、本当に争うつもりはないんです!」
「じゃあどうするつもりなのかしら?」
「だいたい、こっちの目的も知らないくせによく言えるわね。目的が同じだなんて」
くすりと挑発するよう笑うジュディスとバカにしたように刺々しく吐くリタ。
「このまま素直に引き返せば何もせん。誓おう。それでも尚先に進むと言うなれば実力行使させてもらう」
「……っ!」
デュークの厳しい声に息を飲み込み、立ち竦んだエステリーゼ達。
――先には進まなければならない。
けれど、ここで争うつもりなど毛頭無い。
そんな事の為に来たのではない。
「話を……話を聞いてくださいデュークっ!」
「くどい」
「私はっ!魔王と戦うつもりなどっ、ありませんっ!」
いっそ、悲鳴と言っても差し支えのないのような叫びを上げたエステリーゼは改めて宣言した。
「私、エステリーゼ・シデス・ヒュラッセインは、魔王を害するつもりなどありませんっ!」
物腰柔らかな少女が発した予想外の剣幕に、誰もが驚き言葉を失っている中、エステリーゼは切に告げた。
「ただ、証が欲しいのです」
「……証?」
「はい」
代々の魔王が秘めているという皇族の証。
それが欲しいとエステリーゼが言う。
「皇族の証さえ預けて頂ければ、それだけでいいのです。争うつもりなどありません」
「――そんなものは無い」
ポツリと溢れた言葉に、耳を疑う間もなく、今度はハキと告げられる。
「証など、無い。仮に有ったとしても、……お前が魔王を手に掛けるという未来は変わらない」
「え……?」
「ちょっと……アンタ、それって……」
「まさか……」
エステリーゼもフレンも、突然驚愕に表情を染めた変えた魔族と、たった今宣言した言葉を迷い無く否定したデュークを何事かと見やった。
「……名を聴いて確信した。この娘以外に皇族がこの地に向かっていないのなら尚の事。……まさかとは思ったが……」
「なんの……ことです?」
否定された言葉に続く台詞にエステリーゼはただ聞き返した。
「隠滅されたはずの私を知り得る立場のみならず、ヒュラッセインの名。皇族に連なる名を持ち、あの地へと足を運ぶ者……。他に居ないのならば、この娘が……勇者だ」
――勇者。
「この、子が……?」
魔王を倒す、唯一無二の存在。
見た目も、先からの台詞からも、他を傷付けることにも酷く躊躇いがある態の少女がまさか――。
魔族らが茫然とエステリーゼを眺め、エステリーゼもまた驚きに目を見張る中、
「へぇ〜っ、お嬢ちゃんが勇者サマだったなんて、おっさんびっくらこいちゃったよ。それってホントにホントなの?」
皆の思いを口にしたのは場違いにもほどがある剽軽な声だった。