「……何の用だ」
その姿を眼に止めると心底嫌そうな顔をしたデュークに、突然現れた男はおどけてみせた。
「おおっこわっ!ジュディスちゅわんっ、この人超怖い〜たすけてぇ〜っ」
「おじ様、どうしてこんなところに?」
「アレ、無視?ちょっとリタっちぃー」
「うっさい。燃やすわよ」
「ひどっ!ちょっとそこのお嬢ちゃん今の聞いた?酷くない?おっさん可哀想よねぇ?」
「えっ、え、えぇーっと……」
事の展開に付いていけず、目を白黒とさせるエステリーゼ。
その手を然り気無く握ろうとした男の手は空振った。
「おりょ?」
「失礼ですが、どなたでしょうか」
フレン自身戸惑いを隠せずなんとも言えない表情を作り出しているが、エステリーゼを然り気無く遠ざける流石の行動だ。
出会ってほんの僅かの間で危険人物と評されたらしい男は大袈裟に嘆いて見せた。
「ひっどいわぁー。なにこの空間。オレ様のけ者?」
「そこの青年、安心しろ。この男の方が十二分に失礼だ」
「そうよそうよってちょっと旦那そりゃないでしょ」
「そんなことよりもどうする」
まるで噛み合っていない会話に混乱するも、デュークの視線に再び射ぬかれたエステリーゼはその気迫に潰されそうになりながらも声を出した。
「退くわけには……いきません」
「そうか……残念だ」
くるりと振り返ったデューク。
ジュディスは小さく頷いた。
「……頼んだわ」
「言われるまでもない」
「リタ、行くわよ」
「……ええ」
「えぇー?ジュディスちゃんたち行っちゃうの?ちょっとお待ちよー」
背の羽が羽ばたき、ふっ、と体が浮いた。
改めてエステリーゼ達に向き直ったデュークの剣が真っ直ぐエステリーゼ達に向けられる。
「行かせるわけにはいかない」
一瞬で張りつめた空気。
「アラ嫌だわ。おっさんこういうの嫌いなのよねぇー」
だが、どうも間抜けた声が邪魔をする。
「……貴様、少しは黙ったらどうだ。それとも斬られたいのか」
突き刺すような視線を投げつけられた男は、まあまあと手で制した。
「旦那、早まっちゃぁ駄目よ。少しくらい話聞いてあげてもいいんじゃない?多少殺すのが先送りになっても、アンタに殺せない相手じゃないっしょ」
「……」
確かに、一理はある。
どんなに贔屓目に見ても、この令嬢と青年騎士が二人で掛かってきても、負ける気はまるで起こらない。
強大な力を持つ魔王を倒す唯一の勇者一行だろうというのにも関わらずだ。
この明らかな力量差は恐らく勇者一行も気付いているだろう。
力の入り過ぎた肩からも容易に見て取れる。
今すぐでなくとも事に移せば容易く終らせる事が出来るだろう。
話を訊いてやる暇も無くはない。
しかしだ。
「不穏因子は早く摘み取った方がいい」
話を訊いてやっている暇は有るかもしれないが、それ以前に終らせても変わらない。
勇者は勇者だ。
魔を払い断つ者。
魔族に変えられぬ運命ならば、人間の自分がと握った剣だ。
早いに超したことはない。
しかし、ここで男が予想外の反応を示した。
「あらそう?じゃあオレ様お嬢ちゃんの味方に付くわ」
「なっ!」
戦線を離脱しようとしていたリタがその言葉に反応する。
「ちょっとおっさんっ!仮にも魔族の癖に何言ってんの!?」
「残念。オレ様半魔だしぃー?というわけで、姫さんに騎士くん。レイヴン様をよろしく」
へらりと笑ったレイヴンに、ジュディスもまた立ち止まった。
「どういうつもり?あなた、魔王様がどうなってもいいっていうの?」
鋭く投げつけられた視線をふざけた態度でレイヴンは受け流す。
「んー、よくはないなぁ。オレだって魔族の端くれ。一応、魔王には死んで欲しくないと思ってるもの」
魔族は魔王の為に生きている様なもの。
魔王が居なければ生きている価値などないとさえ思わせる強烈な存在。
勇者はそれを奪う者であり、敵だ。
今の魔王を失った後の喪失感など、想像しただけで自決したくなる。
次の魔王が現れるのが何時かなどわからないのだから――。
それなのにも関わらず、相も変わらず飄々とした態度を崩さないレイヴンにはリタもジュディスも苛立ちを隠せない。
「だったら……っ!」
何故勇者等に手を貸すのか。
当たり前の疑問も怒りも、声には出なかったが、レイヴンはしっかりと答えた。
それも、全く想定外の答えを、常のようにふざけた調子で。
「けど、その魔王に頼まれちゃったからねぇー」
「なっ」
「えっ?」
これに複数の驚きの声が上がる中、レイヴンはニカリと笑った。
「まっ、ちょっくらみんなでお茶でもしましょうよ。お腹も減ったしさ」
そう言うと、サっとどこからか取り出した大きな布を、早くも地に敷きどかりと腰を下ろした。
「いやー、おっさん正直くったびれちゃったのよねー、ここまで来るのにさ。あ、お嬢ちゃんたちも座って座って。とっととお昼にしましょ」
「えっ、ぇ、ぇえっと、じゃあお邪魔します……」
「ほら、そこの青年も」
「ぇ、あ、はい失礼します……」
促されるまま腰を下ろした二人は最早レイヴンのペースにのまれてしまっているようで、更に促されるまま昼の弁当まで広げ始めた。
そこまで黙って見ていたのは、一重にレイヴンが発した予想外もいいところの台詞によるためだ。
「ちょ……っ、おっさん!説明しなさいよっ!アイツがなんだって!?」
「リタっち、言葉遣い悪いわよ。女の子なんだからちっとは」
「うっさいっ!」
「落ち着いて落ち着いて。お茶飲みがてら話すからさぁ、座って座って」
ねっ、と無精髭を生やしたおっさんのウインクが飛んだ。
「……」
リタもデュークもぞわりと湧いた嫌悪感に顔を露骨に歪めたが、ジュディスはにこりと笑って腰を下ろした。
それに笑みを崩し、レイヴンは歓喜の声を上げる。
「さっすがジュディスちゃん!わかっていら」
「おじ様。私、焦らされるのは好きじゃないの、知ってるわよね?」
「ぁ、はははー……」
しかしその笑顔の中にいた修羅によって笑顔がひきつり凍りつく。
「……もう一回キモいウインク飛ばしたら燃やしてやる」
「ややめてよっ!おっさんの可愛いジョークじゃない!」
怒気を隠そうともせず乱暴に座り続いたリタに、デュークも続いた。
「……くだらん話をちらとでもしてみろ、叩っ斬ってやる」
「こわっ!」
思わず飛び上がった我が身を抱き寄せたレイヴン。
「ちょっとちょっと、君ら怖すぎよっ?もっとこぅっ、はいすみません申し訳ございませんでした」
すかさず謝ったのは有言実行一派の一人に抜刀されたからの反射だ。
「よってたかっておっさんイジメなんて酷すぎるわ……っとはいはい本題ね」
再び垣間見えた修羅悪鬼達に手を上げ降参を示した。
「えーっと、どこから話そうかしら?お嬢ちゃん達にも解るように説明してあげたいんだけど?」
「えっ」
今まで会話に取り残されていた分の驚きが上がる。
「私達に……ですか?」
「そっ、どっちかっていうとそこのおっかない美形集団よりお嬢ちゃん――勇者に聞いてもらいたいかな?」
ふと浮かんだ穏やかな笑みの理由は誰にも解らなかった。