「ひぎゃぁぁあああああっ!」
酷く情けない男の悲鳴が上がった。
「辛抱ならん。今の今まで魔王に免じて生かしておいたが貴様はここで斬る」
「まままままままってよっ!」
「どうせならミンチにしておいて、後片付けは楽にしましょう」
「それってどゆことっ!」
「おじ様」
「ジュディスちゃ」
「フォローのしようが無いわ」
にこりと笑顔で突き放された方はたまったもんじゃない。
「ちょちょちょちょぉおっ!なんでこんな話になってんの!?」
「はぁ?アンタのせいでしょ。しらばっくれないでよね」
「自業自得というものよ」
「先ずはその無駄に回る口が使えんようにしてやる」
「待て待て待てっそれ、そこの場所確実に息も止まっちゃうっ!」
「望むところだ」
「やめてぇっ!」
喉元に突き付けられた剣を両の手で防いではいるものの、聞く耳を持たない者達の暴挙にレイヴンは残る二人にすがるより他無かった。
「ちょっ!見てないで助けてよっ!お嬢ちゃん!」
「えっ、あの、その―……」
「騎士くんっ!」
「そうは言われましても……」
正直話に付いていけてませんと正直に書かれた顔に声を大にしてレイヴンは泣いた。
「酷いわ!おっさんはただ、『魔王様が勇者に会いたがってるから一緒に来てちょうだい』って言っただけなのにっ!」
両手で支えていた真剣から力がふと和らぎ、レイヴンはえいやと飛び退きここぞとばかりに言った。
「何度も言うけど、オレだって今の魔王には死んで欲しくないのよっ。魔王からの《命》がなきゃアンタら応援するわ!」
「……」
憎々し気に一瞥すると、デュークは彼に似合わずどかりと腰を下ろした。
「……説明はどうした」
「ん、ああ、どうしようか?」
目に見えて身の危険が無くなったからだろうか、再びとぼけた態度をとり始めたレイヴンに、突き刺すような視線が幾つも浴びせられた。
「うぅ……っ、悪かったって、冗談よ冗談……えっと、姫さん」
「あ、はい。なんでしょう」
「まずは確認なんだけど、魔王を殺す気が無いってのはホント?」
レイヴンに向けられていた視線が一斉にエステリーゼに向けられた。
どきりと胸が跳ねたが、自分の心は変わらない。
エステリーゼは頷いた。
「はい」
「残念だけどそれは諦めて」
「おっさん!」
間髪入れずに酷い言葉が返ってきた。
リタの咎める声も無視してレイヴンは続ける。
「お嬢ちゃんも皇族なら知ってるでしょ、魔王と勇者の関係。そっちの騎士くんが知ってるかは知らないけど……」
「……何年かに一度現れる魔族の王。絶対的な力を持ってして魔族を統べるそのものは、代々皇族の生まれに当たる勇者のみが倒すことができる。魔王を失った魔族はその統率を、力を失い消えて逝く」
エステリーゼに、フレンが続いた。
「そして、魔王が秘めている聖核という皇族の証なるものを勇者が手にすれば、平和と繁栄を約束される」
「そう。ただし、聖核がその輝きを失うまで、ね」
レイヴンがそう締めると、エステリーゼは改めてデュークに懇願した。
「ですからお願いします、デューク。戦うこと等しなくてもいいのです。今でも魔族と……魔王と懇意にしている貴方から、魔王に聖核を渡していただけるように言葉添えを、お願いします」
頭を下げたエステリーゼに続いて、フレンも頭を下げた。
が、デュークはレイヴンに目を向けた。
「……何故お前がその話を知っている。それは皇族にのみ伝えられているものだ」
「オレ様の情報網なめないでよねー」
「ちょっといいかしら。聖核とはどんなもの?そんなものがあるだなんて聞いたことがないのだけれど……」
えっ、と目を剥いたのは人間二人で、魔族の面々は首を傾げたり肩をすくめたりとしている。
「おっさんに聞かないでよ。あくまでも、有るって情報しか持ってないんだから……」
「魔族の方々は知らないのですか?……とは言っても、私もエステリーゼ様から聞くまで知りませんでしたが……」
「ええ、逆にどんなものか聞きたいくらい」
輝くというからには、なにか発光物なのか、宝石のような光り物なのか、それさえもわからない。
「私も、魔王が所持してるとしか聞いたことがありませんから……なんとも……」
若人が首を捻る最中、レイヴンが努めて明るく声を上げた。
「まぁともかく、その聖核なんだけどね、」
「無い」
言葉は冷めきったデュークによって遮られた。
「そんなもの無い。諦めろ」
スッパリと言った。
「先程も言っただろう。聖核――皇族の証などない」
「しかし……」
「その様子では何も知らんな。皇族の生まれでもさては遠縁か」
俯き黙り込んだエステリーゼにデュークは再び嘆息した。
「ともかく、皇族の証など存在しない。解ったら帰れ、今ならまだ見逃してやる」
「ところがどっこいあるらしい」
「っ貴様!」
立ち上がろうとしたデュークをジュディスが抑えた。
「おじ様、続けて」
「はいよ。確かに、旦那は手に入れられなかったみたいだけどね、魔王から聞いたからたぶん間違いないよ。聖核は有る」
「……なら、何故魔王と話し合いで解決することができないのでしょうか」
フレンがもっともな疑問を上げた。
それに対して苦々しく顔を歪めたデューク。
レイヴンはその様子を横目で捉えながらも、疑問の眼差しを向ける残りの者たちに応えた。
「聖核は魔王の心臓、だから」
「なんですって?」
「止めろ!」
驚愕の声を上げるリタたちとは別に、デュークが声を張り上げた。
「正確には心臓じゃなくて、魔力の塊。でも、あの子が死なないと聖核はできないらしいから変わんないわよね、命って点では」
「止めろと言っているっ!」
「っデューク!」
首筋から赤い筋が流れた。
デュークが振った剣がレイヴンの首を捉えている。
薄皮一枚切られ、目の前に真剣が掲げられているのにもかかわらず、レイヴンは微動だにせずデュークを見据えた。
「――聖核は無い」
「旦那、」
「そんなものは無い、幻想だ!」
普段の彼からは想像もつかない怒号。
思わず身のすくんだエステリーゼたちだったが、レイヴンの瞳は揺るがなかった。
「聖核は有る。魔王がそう言った。オレ達魔族にとって魔王の言葉は絶対。魔王が是と言えば是。そして」
ふと向けられた視線にピクリとエステリーゼの身体が震えた。
「魔王の望みを叶えることが魔族の生きる意味、存在価値。オレは《命》を受けた。オレは、それを叶えなきゃならない」
レイヴンは冷めた瞳で嗤う。
「ねぇお嬢ちゃん。だから諦めて魔王を殺して聖核持ってってくんない?それが魔王の望みなんだ」