皆があまりの発言に表情を固く強張らせている中、
「……納得いかない」
言ったのはリタだった。
「なんで、なんでなの?嘘なの?どうしてアイツが嘘吐くの?」
声は酷く震えている。
「だって、できるかぎり、足掻くって……言ったのよ……」
だから、魔王が死ななくてもすむ方法に、希望が持てたのに。
「聖核ってなによ……馬鹿じゃないの!?」
叫んだ。
「最初ッから死ぬつもりなんじゃないのっ!!」
地に拳を叩きつける少女の悲痛な叫びは、エステリーゼの胸をも締め付けた。
「……魔王が……、そう、言ったのか」
意気消沈したデュークの声。
それを聞いたフレンも思わず顔も知らぬ魔王の行く末を思い、心苦しく胸を押さる程に哀しみの混じった声だった。
それらに対してレイヴンは殊更明るく言った。
「厳密に言えば、『勇者に聖核をやりてぇからちょっくら連れて来てくんねぇか、おっさん』だったかな?」
「ぇ、」
「……本当っ?」
エステリーゼの呆けた声は、ジュディスの歓喜の声で掻き消された。
「おじ様、それは確かなの?」
先程までリタやデュークと共に鬱々としていた目が、顔が、キラキラと眩しい限りに輝いている。
そのあまりの変わりようにレイヴンはパチパチと瞬いた。
「え、えぇーっと、間違いないはずよ?」
「ありがとうおじ様!」
とびきりの笑顔を浮かべたジュディスはリタにもその喜びを見せた。
「リタ、まだ希望はあるわ。大丈夫!」
珍しく、声を弾ませて喜びを表すジュディスに、リタを含め皆が呆けた。
「え、なに?どういうこと?」
目を白黒とさせるリタを置いて、今度はエステリーゼに向き直った。
「勇者様」
「ぇあ、はい?」
どうも先から置いていかれてばかりの会話に、またも無理矢理参加させられついと惚けた声が上がるが、ジュディスはまるで気にしなかった。
「魔王様を殺す気は全くないのよね?殺したくはないのよね?戦いたくないのよね?」
「はっはい、できればその……」
「ありがとうっ!」
いつの間にか距離を詰めたジュディスがエステリーゼの手を取り握り締める。
心の底から滲み出た喜びは誰にも見てとれた。
「あの……お話がよく、見えないのですが……」
フレンが言うと、ジュディスはふと我に返ったようにいつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、つい嬉しくて」
しかしそれでも違いの見える輝かしい笑顔。
未だその喜びを理解できないリタは眉を吊り上げた。
「どういうことなのか説明しなさいよ」
「簡単な事よ。私たちの予定通り、事を運べばいいの」
それを聞いてますますリタは首を傾げ、デュークはチラリと横目でエステリーゼ達を見やった。
「しかしそうすると……」
「それはまぁ、勇者様の選択しだいだけれど……、希望は有るのではなくて?」
「確かに……そうかもしれんな……。やりようによっては或いは……」
顎に手を添えなにやら考え始めたデューク。
ジュディスは改めてエステリーゼに向き直った。
「勇者様。少し、私の話を聞いてくれない?」
にこやかに尋ねられた申し出に、展開に付いていけない。
つい先程まで睨まれていた相手だ。
突然好意的な眼差しを受けなにがなんなのかと混乱している。
――しかし、その申し出を断る道理などない。
「……是非、お願いします」
「よかった」
ほっと柔らかな笑みを溢すジュディスに、レイヴンがねぇねぇと尋ねた。
「おっさんも聞いていい?」
「もちろん。……そういえば、私もまだ、おじ様には聞きたいことがあったわ」
「ぁっ、あたしも」
「えっ、なになに?スリーサイズは秘密よ?」
「――っとう!」
「あいたっ!」
ずびしとリタのチョップがレイヴンに直撃し頭を押さえる。
痛みに堪えるレイヴンに労りの言葉はこなかった。
「おじ様、この子が勇者様だと本当はわかっていたのでしょう?」
「わかってなきゃこの子らに付いてこんな所まで来ないわよね?」
「何故嘘が吐けたの?」
二人の言葉攻めにレイヴンは両手を上げた。
「まぁ、確かにオレはお嬢ちゃんが勇者だろうなとは思ってたけど、確信は無かったの。まさかお姫様とは思わないじゃない?帝都には皇子様もいるしさ。だから嘘言ったわけじゃな」
「皇子?」
眉を顰めたデュークに、レイヴンはあぁと応えた。
「でも、ヨーデル殿下は城から出れない。皇族は姫さんと殿下だけだから、城を先に出発してた姫さんが勇者様で間違いな」
「そうか」
「いって、ちょっ、旦那ぁ……」
さっきから然り気無く台詞を止められ、つい大人げないと発言しようとしたが止めた。
――無視されるに決まってる。
「……他になんか聞いておきたいことある?」
誤魔化し頬を掻きながら尋ねると、気まずげに小さくフレンが「あの、」と声を上げた。
「なんだい騎士君?」
皆の視線が集まる中、非常に申し訳ないのですがと前置きをして、フレンは言った。
「今更、なんですけどね。……あの、御三方は魔族の方というのはわかるのですが、デューク、さんは、一体どういった方なのでしょうか?」
魔族と懇意にしている人間。
その彼に膝を折る皇女。
自ら隠滅された存在と言う彼を、全くと言っていいほど知らぬのは確かにフレンだけだった。
あぁと小さく皆が呟くと、各々が同時に答えた。
「彼は魔王の友人です」
「デュークは魔王様の愛人よ」
「コイツは魔王の恋人よ」
「旦那は人を捨てた元皇族さ」
「……」
「……は?」
フレンは目を丸くし、呆ける他なかった。
「友人じゃなくてこっ、恋仲だったんです?」
「皇族の生まれだったなんて、それは初耳だわ」
「愛人ってなによっ、恋人じゃないの?」
「あら嫌だ、いつの間にそんな仲になってたの御二人さん」
各々が各々、好き勝手に発言し、終いには皆が一斉にデュークを囲んだ。
「友人じゃないんです?」
「皇族の生まれだったの?」
「恋人と愛人どっち?」
「ぶっちゃけどこまでやっちゃってるの?」
詰め寄られたデュークは、ふぅーっと長く息を吐くとフレンに向き直った。
「私は確かに皇族の血縁だが、繋がりは遠い。上、見ての通りこの容姿だ。元々疎んじられ書面などに残される事もなく、家系図からも五年前に総て消されている。恐らく皇女が知っていたのは十年前の人魔協定の事からだろう。人魔協定は私が主立って働き掛けたものだからな。城の中に居れば知っていてもおかしくはない。――これでいいか」
「は…………はい、た、ぶん……」
フレンは淡々と語られたそれを頭の中で数回反芻すると、ぎこちなく笑みを浮かべてみせた。
「えっ、と。つまり、魔王の友人で、恋人で愛人な皇族であった貴方がいたからこそ、先の協定が確立できたんですね。しかし特異な貴方は上層部に存在を無かったことにされていた為、皇族が協定を結んだという事実のみが残り、僕のような一般には貴方の功績が知られていない……ということですか」
「……飲み込みが早いことは結構だが、アレらの言葉全てを拾わんでもいいだろうに……」
混乱と動揺の隠せないフレンを哀れむのは彼ばかりで、悪戯に混乱を招いた者たちはまだなにかと喚いている。
それを先に止めるよりもと、デュークは誤った知識を認識してしまったフレンに訂正を入れた。
「私は魔王の友人でも恋仲などでもない」
途端、一致団結した盛大な野次が飛び向かった。