**恋に、



 初恋は恥ずかしながら十四年上の女性。
 よく笑い、他人の為に怒り、泣く人だった。
 みんな家族だからと言いながら、親知らずの子供にも声をかけ優しくしてくれたその人は特別綺麗な人でもなければ可愛い人でもなかったが、誰よりも輝いて見えた。
 告白なんて真似はしなかったし、できなかった。
 年齢の差もあったかもしれないが、それに気付いた時、あの人にはちゃんとした相手がいたからというのが大きい。
 幸せそうに笑うのを見て、悔しくて、嬉しくて、やっぱり悔しくて、影で涙を溢した幼い頃の記憶はもう随分昔からただの思い出になっている。
 それから先、今までも、割りと年上の女性に気が傾く傾向にあると自覚もしているし、友人からも言われた。
 まぁ、それは傍目から見た好みの話だけだったが、結局自分は年上好きらしい。
 それは別に、個人的な好みの話であって正直どうでもいいと思うし実際そうだろう。
 例え年下だろうと同い年であろうともどうでもいい話だ。
 問題は今現在。
 ――その傾き先の相手が男ということだ。
 顔立ちが中性っぽいだとか、髪が長いだとかあっても、身長も厚みもある男。
 どうしてそうなったと自問しても明確な答えは返ってこない(というか出せない)。
 ただ、好きなんだという気持ちだけが先行している。
 正直に言おう。
 気持ち悪い。
 そんなことを思っている自分が酷く気持ち悪い。
 相手は男だ。
 つまり、オレとおんなじ。
 仮にも二十余年という人生を男として生きてきた身とすれば、これ程気色悪いことはない。
 大変不名誉なことに、オレだって男にそういう意味で言い寄られたこともあったが、どれもこれも鳥肌ものだった(と言ってもそんな経験は有難いことに多くない)。
 どうやったらそういう対象に見えるのかと拳を片手に問い詰めたこともある。
 その時の返答には勿論片手では足りないほどの礼をしてやったが、それでも気は静まらなかった。
 それなのに、今、そういう対象で男を見てる。
 気持ち悪い。
 酷く自分が汚く見える。
 こんな思いをするくらいなら相談しなきゃ良かったとつくづく思う。
 知らなければ、なにも知らなければ変わらずにいられたのに――。

「ユーリ、聞いてる?」
「え?」

 目の前がチカチカとし、何事かと顔を上げるとカロルが目の前で手を振っていた。

「……ああ、悪い。聞ーてなかった」

 軽く肩をすくめながら言えばカロルは頬を膨らませた。

「だから、凛々の明星はもうそろそろ仕事を絞ろうかなって考えてるんだけど、どう思う?」
「いいんじゃねーの」
「もうっ!」

 気のない返事はバレたらしく、ぷんと首領はお冠だ。

「悪い悪い」
「全然そう思ってないでしょ」
「いいや。でも、お前のギルドなんだからさ、オレはお前に従うだけだよ」

 オレは下っ端だからなと笑うと、居心地悪げにそういうものかなぁと首を傾げた。

「ジュディはなんて?」
「あなたとあまり変わらないわ」

 穏やかな笑みを浮かべながらカロルを見るジュディは次いで笑った。

「でも、流石に最近は忙しすぎたわね」

 確かに、と頷く。
 失せ物探しから魔物退治まで毎日のように仕事を引き受け、世界を廻っていた。
 そのお陰で途中幾度か面を合わせたとはいえ……いや、これは関係ない話だ。
 ともかく、人間誰しも休養は必要だ。
 特にカロルはまだ成長途中。体のちゃんと出来ていない年だし、遊びたい盛りでもあるだろう。
 ジュディもなんやかんの言っても女。
 そろそろ体力に限界がきているはずだ。
 だから、仕事の量を若干でも減らすことのできるこの話題が自然と出たんだろう。

「だからこそ聞いてるんだけど……」
「カロルが決めてちょうだい」
「カロルが決めてくれ」
「うーん……」

 頭を捻るカロル。
 このまま黙っていても良かったが、一つ提案する事にした。
 勿論、カロルらの望む根本的な解決にはならない程度のものだ。
 決めるのはカロルであって、オレたちじゃない。

「とりあえず、月にどれくらい仕事承けるのかとか、休みを幾らとるかとか、そういうこと決めてみたらどうだ」

 幾ら魔物退治だとか、素材回収だとかと仕事の範囲を狭めても休みが取れなければ意味がない。
 ああ、でもそうすると世界を廻る機会が減るのかとちらっとばかし考えたが、それ以上考えるのはやめた。

「なるほど……」

 カロルはなにやら神妙に頷いているが、ふと視線を寄越すジュディに気付いた。

「ん、なんだ?」
「いえ、別に……」

 ふぃっと外された視線はあらぬ方を向き、何を考えているのかさっぱりわからない。

「――それじゃあね、こういうのはどう?」

 月に、八日は必ず仕事を承けない日を設けるというシンプルなものだった。
 それはそれで組み立てが難しそうだが、今の状況を考えるとまぁ良いかと思える。

「いいんじゃねーの?」
「私もいいと思うわ」
「それじゃあ決まりねっ」

 嬉しそうに笑ったカロルは、急にあっと声を上げた。

「それじゃあ、今月の残り八日は連休にしようっ!」
「そうね。丁度なにも予定をいれてないし……」
「じゃ、それで決定な」

 久方ぶりの連休は、それぞれ個々に自由行動ということに決まった。
 また九日目にダングレストの中央広場で落ち合うと取り決め、それからは休日の過ごし方についての話題で盛上った。
 盛上った……のはいいけれど、内心酷く困った。
 二人が何かしら行きたいところや、やりたいことと、予定を次々に立てていく中、何も考えてなかったオレの腐った脳が馬鹿なことを考え始めるから困った。
 ――デュークは何処にいるんだろう。デュークは何処に行きたがるだろう、デュークは何をしているのだろうデュークは何をしたいと思うのだろうデュークは――

「っ」
「わっ!ユーリ?」

 脳を廻った腐った考えに思わず立ち上がった。
 カロルは驚きに目を見張って見上げてきている。

「わりぃ、ちょっと顔洗ってくる」
「ぇえ?突然だなぁ……」

 ジュディは不思議そうに見上げてきていたが、すぐにいつもの笑みを浮かべて穏やかに言った。

「いってらっしゃい」
「ああ」
「――ねぇカロル」
「ん、なあに?」
「ちょっと……」

 席を離れるとすぐにジュディはカロルに声をひそめて話しかけたが、大方連休話の続きだろう。
 気にせず歩みを進めようとしたが、途中頭を抱え込んだ。

「どうしたのユーリっ!」
「いや、なんでもない」

 ただ、イカレタ脳味噌が傍目に見て気色悪い妄想をしはじめて頭が痛くなっただけで。
 もちろん、それは心の内に止めた。
 ――よもや、並んで休日の予定を立てる二人に、自分を重ねてみようとするだなんて……随分くるところまでキてる気がする。
 だいたいオレは別に何処へ行こうとかしたいとか特にないし、会えればそれで――だからそれは関係ないって。
 変な方向に考えを移動させた頭を一度振り、切り換える。
 ――そう、会ってないんだよな。
 月日というものは本当に早いもので、もう二ヶ月近く会っていない計算になる。
 流石にここまで顔を会わせないとなると心配に――って、だから違うだろ。
 あぁ、腐ってる。
 腐りきってる。
 ついつい眉間に皺が寄る。
 ――女だったらよかったのに。
 デュークが女だったら、頭を悩ます必要もない。
 それはいたって普通の感情だと割り切れる。
 後は言うこと言って伸るか反るかの問題だ。
 男、とか……不毛すぎる。
 だいたい、男に惚れてどうするんだ自分。
 手を繋ぐとか、抱き締めるとか考えるだけで不可解な絵面の上したいとも思わないし、ヤりたいとは思わないし、なにがいいんだか……って、だ・か・らっ。
 頭を壁に打ち付けたくなる衝動をなんとか抑えつける。
 どうも誰かと会話していないと馬鹿なことに思考が移ってしょうがない。
 こんなこと、幼少の頃はなかったと思う。
 相手が男だからだろうか、とまたもソッチに思考を寄せていく狂った回路をどうにかして欲しい。
 連休八日間。
 二人とは別行動を取るだろうことに酷く不安が生じる。
 まさか、八日間もの長い間、こんな馬鹿げたことを一人悶々と意味もなく悩み続けるのだろうか。
 ……いやだ。物凄くいやだ。
 しかしラピードを相手にしてるのにも限界がある。ラピードにはラピードの付き合いがあるから余計だ。

「あー……、くそぅ……」

 顔を洗うまでに十分余り掛かったけれど、洗った意味はまるでなかった。




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恋に、悩む