**悩んでも、
動悸が激しい。
目眩がする。
なんだか手足に声まで震えてきやがる畜生め。
病名、ズバリ「恋」とは、こんなにも辛い症状だっけかと若干逃避に走る意識を、たったの一声が引き戻した。
「久しいな」
一瞬、息が詰まった。
連休初日。
朝も早から脳に蔓延った頭の悪い考えに苛まれていたオレは、やることも無しに暇と、ストレスを持て余し、ケーブモック大森林へと足を運んだ。
エアルの乱れが落ち着いたせいかどうか詳しい理由はわからないが、以前に比べて魔物を目にすることが少なくなっている。
星喰み騒ぎの後暫くは、魔物退治にどのギルド、騎士団もてんてこ舞いで世界各地へと跳んでいたが、そういや今ではほとんど落ち着いていた。
考えてみれば、この八連休もその余波だろう。
休む暇無くこなしてきた仕事の多くは、なんだかんだいって魔物討伐関係が多かった。
だんだんと、その依頼を承けることが少なくなり代わりにと増えたのが素材回収、失せ物探し、各地への物品の配達(倉庫整理はカロルだけだから省かせてもらう)。
ただの使いっぱしりの依頼なんて、底が尽きるものだ。
それでも今までよくもまぁここまで依頼が来たなと感心するほど忙しかったが、これ以降はだいぶ落ち着くだろうと予測を立てている。
カロル辺り、望む大仕事が入らないことに焦りを感じるかもしれないが、今まで頑張ってきたツケが回ってきたのだとその時は言ってやろう。
自由な時間が増えることはいいことだ。
カロルもジュディも、そういった時間は今まで少なかったに違いない。
オレが言うのもなんだが存分に楽しんで、休んで欲しいと思う。
――と、ここで問題になるのが自分だ。
自由行動はもちろん好きだ。
気ままに歩いて、時には走って、ふと思ったことをそのまま直ぐに実行もできるし、ただ横になって惰眠を貪り夢うつつの中、風に当たるのも好きな時にできる。
だけれども。
たぶんおそらく、もう手遅れなオレの腐った頭がその全てを邪魔した。
大変不愉快だ。
なぜか「ぽんっ」と突然考えやら姿が頭に浮かび、その度に頭を強く振り回したくなる衝動に駆られるのだ。
一人の時ならいざ知らず、人前でそんなことを突然するなんて不審すぎる。
なんとかそれを胸の内で抑えつける度に感じる、精神的疲労感が結構辛い。
なぜにこうも一人の男に振り回されなければならないのか。
オレが勝手に振り回されているだけなのだろうが納得いかない。
なんでオレがこんな馬鹿げたことで悩まなきゃならないんだ。
なんでこんな、……同性に対して変な感情を持たなきゃならないんだ。
そんな苛々とはまた違う、耐えられない燻るなにかをどうにかして発散させようと、魔物でも斬ってこようと考えたのだ。
ケーブモック辺りの魔物なら難なく倒せるし、加減も思いのままだ。
それでもできる限り戦闘に意識を集中させるため、剣は取っておいたコンパクトソード。
普段着のまま、アイテムは少量だけをカバンに詰めて出掛けることにした。
ラピードは置いてきた。
いると、おそらく安心してしまって、なんだかんだ別の方向に意識が跳んでしまいそうだったからだ。
多少の心配はかけてしまったが、快く見送ってくれたラピードには後で土産を持っていこうと頭の隅で考え中だ。
――深く、濃い緑の中。
注意を払いながら、歩みを進める。
いくら余裕があると言っても奇襲されたら面倒なことになるし、装備も頼りない。
戦闘は最初が肝心だ。
とは言っても、そうずっと気なんか張ってられない。
何度も解決しない考えに浸りながら足を進めた。
太い根をくぐり、登り、草の繁った地を歩き、向かってきた小物を切り伏せ、時折思考に足をとられながらもまた歩き……。
ふと気が付くと、随分と奥深くまで足を踏み入れていた。
見覚えのある大きな木と、その中心にあるエアルの吹き溜まり――エアルクレーネ。
――そういえば、ここで助けてもらったこともあったな。
ぼんやりと頭に浮かぶのはデュークの白い長い髪。
次いで、長い睫毛に縁取られた赤い目。
相手は男だけれども、素直に綺麗な顔立ちと思える顔。
自分の方が少しばかり身長が低いのが悔しいなと最近強く思う。
――どこにいるんだろう。
もう、会えないのかもしれない。
相手はどこをどう旅しているのかわからない奴だ。
来月からギルドの仕事も絞っていくのだから、機会が減る。
最後に話したのはなんの話だったか、もう思い出せない。
元々単なる世間話しかした覚えはないが、それが酷く残念に思えた。
胸の辺りがざわつく。
このまま会えなかったら、会わなかったらどうなるのだろう。
この、消化されない感情は……。
イラリと胸のざわつきと何かが衝突した。
考えても意味が無い。
頭を振った。
――ここに来るまでの間に幾らか雑魚を倒したが、なにかまだ物足りない。
エアルクレーネの近くだし、デカブツでも来ないかなと気分を変えて期待したその時。
頭の後ろから微かに葉の擦れる音が耳に届いた。
なんてナイスタイミング。
剣の柄を握り直し、注意を払う。
「さぁて、何が出るのやら……」
後方にある僅かな気配。
相手は上物のようだ。
自分が気付いたのは運が良かったんだろう。
確実に近付いて来ているはずなのに、殆ど気配が消されていて辿るのが難しい。
最初の一撃が肝心だ。
敵はまだ、自分が気付いているとは思っていないはず(そこまでの知力があるかはわからないが)。
存分に引き付けてから正面を踏み込み取った方が不意を突けるし、何より自分の腕が試される。
こういうのは嫌いじゃない。
高揚する気を沈めながら、もう一度柄を握り直した。
刹那、
「お前か」
思わず無防備に、ただ振り返った。
赤を基調とした服。
長い白髪が揺れ、淡い光を受けて光っている。
ゆっくりと、スローモーションのように近付いてくるその姿。
赤い目と、目が合った。
「ぁ……」
とたん、心臓が跳ねた。
目の前にいる人物だけやたらはっきり見えているのに、回りが渦を巻いているように見える。
剣を握る手を意味もなくまた握り直したけれど、今度はカクリと倒れそうになった足を踏み直した。
目に映る姿がらしくもなく信じられなくて、可笑しな逃避に走ったオレの意識を、たったの一声が引き戻した。
「久しいな」
息が止まった、一瞬。
その一瞬で、オレは意味もなく先までのことを反芻し始めていた。
悩んでも、無駄