**足掻いても、



「……どこ行くんだ?」
「すぐそこだ」

 そう言って既にニ十分近くが経過していた。
 一時、付き合っては貰えぬか。
 この言葉に頷いてから促されるままに歩き始めたが、何処に行くつもりなのかさっぱりだ。
 エアルクレーネのある大樹よりもさらにダングレストから離れて行っているのはわかる。
 しかしまぁそんなところまで足を踏入れたことなんて無いから予測もできず、ただただ付いていくことしかできない。
 半歩前を並んで歩くデューク。
 その顔はいつもと全く変わりなく、ただ前を見据えている。
 …………ぃ。
 ………………………………ちょい待て。
 なにか今、変なのが頭を過った気がする。
 …………………………忘れよう。
 今はデュークに付いていくしかない。
 極力隣を意識しないように辺りを見渡す。
 ダングレスト側のエアルクレーネに辿り着くまでの道程も結構入り組んでいるというよりも道無き道だったが、更に酷い気がする。
 いや、恐らくデュークの案内のせいもあるだろう。
 かなり意外なことに、この男は盛り上った根の上を歩いていたかと思えば、急に人二人分高さの違いがある地面に飛び降りるような無茶な案内をよくした。
 それはそれで色んな意味で楽しかったが、本当に意外で、驚きによる精神的な疲れが結構きていた。
 ……まぁ、精神的な疲れの要因はそれ以外もあるけど。
 それはともかく、人の手がまるで入っていない森の中は静かだ。
 比べてみるとよくわかる。
 そよ風が吹けば葉擦れの音が耳に届き、鳥や虫の羽ばたきやら鳴き声が絶えることなく聞こえる程に静か。
 自分達の声が異質とも思えるくらい、声を出せばすぐにわかった。
 ダングレスト寄りの入り口では何度も人が行き来した跡で踏み均されていたが、ここらは獣の通った跡しかなく緑が思うように延びていたし、こんな自然の音も僅かに聞こえるかどうかだった。

「降りるぞ」
「ぇ、ああ」

 軽やかに小さな崖から飛び降りたデュークはそのまま流れるように右手をこちらに差し伸べた。

「………………アンタなぁ」
「どうした」
「必要ないって言ってるだろ」

 少し段差のあるところに当たると必ず差し伸べられるそれ。
 勿論、オレはデュークの手を借りずに飛び降りた。

「よっ……と」

 我ながら上手く着地し、デュークに向かって眉を寄せた。

「すまない」
「……別に、いいけど。借りるつもりはないから」

 あんまりにも自然に向けられる手と、かっ……キマッた立ち住まいに最初はつい手を伸ばしそうになったが、よく考えてみればその必要はないし、なにより図が変だ。

「それより、後どのくらい歩くんだ」

 話題を変えようと口から出たのは何度目かの台詞で、我ながらボキャブラリーが少ないなと隅で思った。

「もう目の前だ」

 ふいに外れた視線を追うと、やけに視界が開けていた。
 この一辺にだけ木々が無い。
 勿論、足下には変わらず緑が繁っているが視界を遮るものが少ないんだ。
 十数歩ぐらい先には小屋があった。
 木造の小屋は見たところ古くからありそうな作りだったが、そこかしこに修繕された跡がありまだ現役に使われていることを物語っている。

「……あれは?」
「小屋だ」

 味気もそっけもない返答だ。

「来い」

 変わらず端的に促されて後を追う。
 なんの躊躇いもなく方開き扉を引いて中に踏入るデュークに次いで足を入れた。
 ただの小屋かと思っていた中は意外に広く、幾つかの部屋に分かれていた。
 いや、『広く』は誤解と錯覚かもしれない。
 確かに、小屋として見れば広い部類だろうが幾つかの部屋に分かれている時点でこれは家といえる。
 それなのに『広く』感じるのは限りなく物が少ないからだろう。
 まさかこんな森奥にこんな家が有るとは思ってもいなかった。
 物珍しげに中をきょろきょろと、まるでガキのように見渡しながらもデュークに続いて一つの部屋に入った。
 中央に木造のテーブル。隅には大きめのソファ。その隣に小さなサイドデスク。
 入った時の印象とは違って、生活臭がする部屋。
 デュークの案内はここで終わりのようだ。
 部屋に数歩入ったところでぴたりと立ち止まった。
 そしてくるりと振り向かれる。
 ふわりと白い髪が舞って、背に落ち着いて暫く経ってもデュークは何故か無言のままオレを見据えていた。
 大変居心地悪いことこの上ない。
 妙な間に心臓が意味もなく警戒して耳障りだ。
 なんだかそわそわと微妙な動きをしでかそうとする手足をぶら下げ、反らしたいのに反らせない目を見ながらオレはデュークの言葉を待った。
 ――チチチっ。
 どこかで鳴く鳥の声と自分の脈拍が嫌に良く聞こえる。
 何分何秒経ったかは知らないが、この間が早くも限界だった。

「……なんだよ。なんかここにあんのか?」

 言って、これは好機と気付き視線を部屋に向ける。

「見たところ、普通の部屋だけど……?」

 敢えて今気付いた事といえば続き小部屋のようなものがあり、台所の様なものが付いている。
 おそらくリビングキッチンなのだろうと今更わかった。
 わかったところでどうなるかなんてものは知らないが、よくこんな森奥にこんなものがとはまた思った。
 埃を被り、薄汚れた気配はない。
 よくよく思い返せば家の中の空気は澄んでいるし、入ってからここまでも手入れが行き届いているようにも見える。
 誰か住んでいるのだろうか。
 ――誰か?
 まさかと思い、デュークに振り返る。

「……以前」
「え?」

 ふぃとあらぬほうに視線をずらしたデュークはポツリと言った。

「以前、家に訪ねると」

 確かに、今思い出したがそんな会話をした覚えがある。
 『デュークに持ち家が有ったら訪ねてみたい』といった話だった気がする。
 しかしその時は「無い」と答えられたはずだ。
 なら、今、ここに案内されたのは?

「……アンタ、今ここに住んでるの?」
「今のところは」

 確認のために聞いた言葉にデュークは視線を反らしたまま応えた。

「それで、連れてきたのか?」
「……一応、教えておこうかと」

 応えられた言葉に、なんて返せばいいのか、なんて発展させればいいのかわからない。
 ただ、オレの脳を占めていたのは恐ろしい考えだった。
 なんのつもりで連れてきたかはわからないが、それが、オレが以前行きたいと言ったからだとしたら。
 以前は持っていなかった『家』を、オレが訪ねてみたいと言ったから用意したのだとしたら。
 本心はわからない。
 それでも、そうとしか考えられないオレの頭はどうかしているのだろうか。
 そうなんじゃないかと期待しているオレの頭はおかしいんじゃないか。
 そうだとしたら――なんだろう。
 ――無性に、デュークが可愛く見えてきた。
 わかっている。相手は男だ。
 タッパも悔しいながら自分よりあり、厚みもソコソコある。顔も可愛いというより美人系。
 どこにも可愛いと呼べる要素は無いはずだ。
 可愛いというのは普通、エステルやらリタ、百歩譲ってカロルといった女子供に向ける表現だ。
 それなのに、デュークが可愛い、だと。
 男に向かって可愛いと思うのは間違ってる。
 百万歩譲って、デュークに対して「かっこいい」とか思ってしまったちょい前の自分を許しても、それは許せない。
 それを認めてしまったら、以前論争した意味が無くなる。
 男に可愛いはないだろう。
 ない。絶対無い。
 有り得ない、……のに。
 ……なんでコイツは可愛いんだ。
 恐ろしい。
 合わない視線に何故か顔が熱くなる自分が空恐ろしく思えた。







back  next

 

 

 

 

 

 

足掻いても、深み入る