** 深み入る、



 ずっと立っているのもなんだと、促され席についた。
 木造の机に合わせた木造の椅子。
 腰をかけるとギシリと鳴った。
 ――とにかく、話題だ。
 さて何を話せばいいのか……。
 以前はよく自分が話を切り出していた気もするが、気のせいだったのかもしれない。
 どう切り出していいものか勝手がわからない。
 頭を抱えて唸っていると、コトリという音が耳に聞こえた。
 見ると、コップが置かれている。

「ぁ、ああ、悪い」

 有り難く頂いて飲み込む。
 冷たいそれはただの水だった。
 しかしどことなくほの甘く、重みがある。
 ただの水なのに、初めて飲んだ気がする。

「近くの湧水だ」

 飲んだばかりの水を凝視していたからだろうか、デュークが答えた。

「疲労回復にも効果がある筈だ」
「へー……」

 ただの水が凄いもんだ。
 ぼんやりと思っている内に、向かいにデュークが腰を下ろした。
 ……しかし話題がない。
 もう少し水の話を引っ張るべきだったのかもしれない。
 今更ほじくり返すのはタイミング的にも微妙な気がする。
 ちらりと視線をデュークに持っていくと、目があった。
 揺れない目で見られて、二秒も経たない内に自分から目を反らした。
 落ち着かない。
 非常に落ち着かない。
 できることなら今すぐ木に登って叫びたいぐらいの気持ちだ。
 というか、まるで今更なんだが、なんでオレはこんなところにいるんだ。
 デュークの事を無駄に考えるイカれた頭を冷まそうと森に来て、忘れようとしたのに本人がいて、家に案内されて?
 家が見たいと言ったから教えてくれたというこの場所。
 普通、それなら「よしわかった。また今度遊びに来るな」でいいんじゃないか?
 だいたい、人間嫌いが他人の滞在を喜ぶのだろうか。
 あれ、そしたらオレ早く帰った方がいいのか?
 いやでも待てよ、わさわざ椅子を用意してくれたんだからちっとはいいのか?
 いや、むしろ家に案内された時点でそれは気にしなくていいのか。
 ……無駄なことを考えたな。
 一つ息を吐いた。

「お前が言葉に悩むとは珍しいな」
「はん?」

 おもむろに、デュークが口を開いた。

「いつも、些細な事でも口にしていたのに今日は随分と大人しい」

 それはつまり、いつも煩かったと言うことか。
 少しショックを受けたのは内心に留め、勝手のわからない口で当たり障りのなさそうな答えを返した。

「……久しぶりだから、何話すか悩んでんだよ」

 それに、これは間違いじゃない。
 何から、何を、何の話を出せばいいのか。
 ぐしゃりと考えが混ざった頭では上手い話がだせない。

「確かに、こうして顔を会わすのは久しいな」

 納得するように頷いたデュークにこれ幸いとこの話を続ける事にした。

「アンタ、何してたんだ?」
「お前は?」
「変わらないよ。ギルドの仕事ばっかりだ」
「私も変わらない」

 ……会話が終わってしまった。
 かと思いきや、デュークが「だが」と話を続けた。

「……敢えて言うのであれば、エルシフルに会いに行ったな」
「エフミドの丘?」

 こくりと白い頭が一度上下に揺れた。

「お前に以前選んで貰った花を添えて来た」
「あぁ、あのは、な……」

 刹那フラッシュバックしたその時のやり取り。
 猛烈に頭を打ち付けたくなったオレなど知らず、デュークは続ける。

「そこでどちらにするか悩んだが、ここの方が…………どうした?」
「いや、なんでも」

 突然頭を抱え込んだオレを不審に思ったのだろう、仕方ないと思う。
 ……自分で思っておいてなんだが、やっぱりショックだ。

「で、なにを迷ってたって?」

 気分を変えよう。
 デュークの話を促した。

「……これだ」
「これって?」

 まるで意図の読めない振りに訊ねれば意外な答えが返ってきた。

「家だ」

 意外過ぎてなんて返せばいいのかわからない。
 というか何故?
 疑問がやはり顔に出ていたのか、デュークはそのまま続ける――オレのポーカーフェイスはドコへ行ったんだ。

「彼方にも、似たような場所はあったのだ。人によって作られながらも、主を無くし打ち捨てられた住処が。しかし……」

 一度言葉を区切ったデューク。
 赤い目に、捕らわれた。

「ここの方が、近いだろう?」

 詰まる息。
 状況が上手く読み取れない。
 ――どういう意味か、わからない。

「なに、に?」

 聞かなきゃ良かったと後悔した。

「ダングレスト。お前がよく寄る街だ」

 確かに、最近は帝都の下町よりもダングレストで宿を取ることの方が多い。
 仕事の請負やらなにやら、ギルドとして活動するに当たってあそこが丁度良いのだ。
 でも、だが、しかし、……それが、なんだって?
 全身の、熱という熱が顔に集まってきた。
 非常に、異常に、顔が熱い。
 不意にデュークが立ち上がり、机に手を着いた。
 腕が、手が伸びてきて、顎に触れる。
 距離が縮まる。
 あの綺麗な顔が、正面に下りてきた。

「ぅ、わっ、な、だっ!!」

 何がなんだかわからない。
 思わず立ち上がろうとしたが、椅子に蹴躓いて床に転がった。
 痛い、よりも熱い。
 酷く重い顔が上げられない。

「大丈夫か?」

 降ってきた声に、ビクリと体が震えた。
 ――オレは、いったいどうしたんだ。
 わけがわからない。

「立てるか?」

 俯いた顔の前に、手が出された。
 森では取らなかったその手。
 よく回らない頭で、取ってしまった。
 途端に、ぐいと持ち上げられる体。

「っわ」

 よろめいた体が、トンと柔らかいような、硬いような何かに支えられた。
 ほどよい弾力のあるそれが酷く心地好く、落ち着く。
 回そうとした腕を止めた。
 ――これは、なんだ?
 真っ白になった頭の回転はすこぶる鈍い。
 白がさらりと頬を掠めて、耳に、柔らかな何かが当たった。

「っ」

 くすぐったくて、漏れそうになった声は喉奥で消え、代わりに別の声が耳元で響いた。

「大丈夫か?」

 何度目かの台詞。
 それが酷く遠くに聞こえた。







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深み入る、感情