やめた日

 

「――と言うわけだ。クローム、いいな?」
「ぇ……、え、あの……その、はい……」

 言ってない。
 男は一言も言ってない。
 言ってなんかくれてない。

「し、つれい、しました……」

 が、クロームは驚きを顔に張り付けたまま席を立ち、視界からフェードアウトした。

「……よし」

 なにが「よし」だかまるで理解できない。

「……どうした?」
「ぎゃっ!」

 再び近付いた顔に思わず飛び退き、ようやく声が出た。

「ぁ、ああああんた!なななななにすんだっ!」
「何?」
「いいいいいまっなにしてっ」
「ああ……キスの事か?」
「きっ」

 キス。
 涼しい顔をして男が言ったのに、顔がこれ以上無く熱く熱を持つ。
 あの口が、オレのにくっついた。
 のに、のに、なんで男はあんな平然としてるのか理解できない。
 そんな関係でもなんでもないのにキス。
 なんでなんでなんでの疑問ばかり頭で回る。

「嫌だったか?」
「嫌じゃな……じゃないじゃくてそうじゃなくてっ!」

 口走りそうになった台詞にこれ以上火照る事は無いと思っていたのに更に熱くなった。
 もう全身が火を噴いている気がする。
 その熱が一瞬で冷めた。

「キス以上の事をしていた割には意外な反応だな」
「……え?」

 ザァっと、血の気が引く音が鳴った気さえした。
 ――知ってたのか。
 知られていたのか。
 自分が、何をしていたのか、男は知っていたのか――。

「……ユーリ?」
「っ触んな!」

 伸びてきた手を払った。

「……なんなんだよアンタ」

 訳がわからない。

「なんなんだよアンタ……意味わかんねぇよ」
「わからないのか?」
「わかるかっ!」

 叩きつけるよう言った言葉に、男は不思議そうに言った。

「お前と一緒に暮らしたいと、先程から言っているのだが、わからないのか?」



 あっという間に、再び顔に熱が戻ったが、やっぱり頭には疑問しか湧いてなかった。