やめた日

 

 何故自分はこんなところにいるのだろう。
 何故自分はこんなところにきてしまったんだろう。
 何故自分はこんなところに――。
 真っ昼間。
 珍しくバイトもなく、なんの予定もなかった。
 特になんの予定もなかった。
 ふとその足が向いた先はここのところ夜を過ごしているマンションだ。
 一人で来たことはない。
 今日が初めてだ。
 昼間に来ることも一人で来たことも今日が初めて。
 別に理由もなにも無いけれど、何故か足を運んでいた。

「……あほらし」

 しかし中に入るには暗証番号を入れなきゃならない。
 覚えてはいるが、教えてもらったわけじゃない。
 勝手に入れて、入るのはいかがなものだろうか……。
 だいたい、いるかどうかもわからない。
 ガラスの向こうを意味もなく遠目から見ていると、人影が見えた。
 並んで歩く二つの影が、エントランスから外へ向かってきている。
 男と女。
 ガラスが左右に開いた。

「――では、デューク。私は失礼します」
「ああ、また会おう」
「ええ、また」

 やり取りをしている二人の声はよく響いて耳に届き、オレは親しげなその様子を呆然と眺めているしかなかった。
 ガンガンという妙な耳鳴りと視界が暗いのに明るいという妙な錯覚の中、ふと、

 男と、目が、合った。

 瞬間に駆け出した自分は、全力疾走ゆえの苦しさに痛む胸と、溢れてくる汗と、汗じゃないしょっぱいものにまみれ路地裏に倒れ込んだ。
 肩で息をしながら脳裏に勝手に浮かぶのはさっき目があった男。
 目を丸く見張っていた男。
 デュークと、呼ばれていた男。
 隣に居た女に、デュークと呼ばれていた男。
 隣に、居た、女。
 そりゃそうだ。当たり前だ。おかしくもなんともない。女がいたって不思議じゃない。
 オレから見ても綺麗な顔をしているんだ。女が寄ってこないわけがない。わかってた。わかってる。綺麗な顔をしてても男なんだ、オレと同じ男なんだ。毎晩優しく暖かいあの腕に抱かれて一緒に過ごしていようとオレと同じ男なんだ。
 オレとは違う、普通の男なんだ。

「は……っあほらし」

 なにがしたかったのかなにを求めてたのか一人でなにをバカみたいだあああほらしい。



 その日の夜は久方ぶりに独りで過ごした。