やめた日
長い睫毛が数回瞬いた。
「……起きていたのか」
「……」
どこかぼんやりとした声には返さず、オレはようやく体を起こした。
「もう終りだ」
「……何が?」
立ち上がり、出ていこうとするオレの手を男はまた取った。
「何が終りだ」
「もうここには来ない。金もいらない。これで最後だ」
引寄せた手はさっきよりも弱く握られていたのか、簡単にほどけてしまった。
「じゃあな」
それ追う気配もない。
当たり前だ。
元々そんなに親しい仲じゃないのだから。
しかし背中を向けて数歩歩いたところで、男が静かに言った言葉に足を自ら止めてしまった。
「一人では眠れないのに?」
「っアンタ……!」
思わず振り向くと、男は淡々と言った。
「まだ、夢を見るのだろう?」
確信をもっている、響きだった。
「……なんでアンタがそんなこと知ってる。アンタに話した覚えはない」
「聞いたから」
男は淡々と続けた。
「小さな子供が、泣いていると。人を幾人も殺める夢を見て泣いていると」
「……」
「不思議と、添い寝をすれば夢を見ないと言って、よく一緒に寝てくれとせがまれたと聞いた」
「……誰に」
既に答えは出ている。
その話は、たった一人にしかした覚えがないのだから。
ガキの頃の話だ。
よく、施設に来ていた奴。
いろいろ教えてくれた。
10年くらい前から突然来なくなった奴。
「エルシフル、私の友だ。もう…………この世にはいないがな」
死んでるとは、知らなかった。
それから男は昔話をポツポツと始めた。