やめた日
男は、エルシフルとは長い付き合いだったと話した。
当時男の父親よりも歳上だったエルシフルとは気が合い、血の繋がりは無かったものの、家族のように一緒に暮らしていたらしい。
「ある日、泣いていないのに泣いているという器用な子供がいると話してから、毎日のようにエルシフルはその話ばかりだった」
そう。
エルシフル曰く、施設に偶然立ち寄った時らしい。
オレから言わせればエルシフルはただの迷子だった。
たまたまその時は、酷い睡魔に襲われて真っ昼間に寝てしまった時だった。
人を殺す夢。
物心ついた時からずっと見ている夢。
でっかい自分が、人を刀で斬っていく夢。
知らない筈の肉の感触が、骨を断つ感触が、血の滑りけが何故か手にあるようで酷く恐ろしく恐かった。
あれは自分の未来なんじゃないかと。
先に施設を出てしまった友人にも、それまで誰にも話せなかったが、エルシフルにはそう、話したのだ。
挑発されて口走ってしまったとも言える。
その日からエルシフルは毎日のように施設に来ていた。
「子供が寝れないなど、健康に悪いと心配していた」
知ってる。
本人が言っていた。
初めて会った日に無理矢理寝かしつけられてから、ずっと。
うるさいくらい、いや寧ろうるさかった。
それも仕方なかったのだろう。
エルシフルが来る度に寝ていたのだ。
いつも、エルシフルが無駄に長い話をしている途中寝ていたから。
夜は結局眠れてなかったから。
会う度会う度、また眠れなかったのかと心配されていた。
「ある時、エルシフルはお前を養子にしたいと言い出した」
それも、本人から聞いた。
その時、姉と兄ができるぞと、男の数倍回る口で楽しげに話していたのを覚えている。
――それがエルシフルとの最後の会話だ。
『私は決めた。いや、前々からそう考えてはいたのだ。しかしながら話したところで素直じゃない君からの断り文句しか私のちっぽけな頭には浮かばなくてね、小心な私は中々言い出せなかったのだよ。でも改めて考えて見ればやはりきちんと行動を起こしてから落ち込まねば状況は一変もしないし君の考えも多少変わる可能性だってあることに今更、そう今更気付いたのだ!なにもしなければなにも始まらない。全ては行動してからだとね!安心したまえ。家の娘も居候も私が言うのはただの親馬鹿だが、面倒見の良い優しく可愛い頭もいい素晴らしい子達だ。きっと君の良い姉兄になってくれる。というわけだ。私の養子にならないか?』
一度では聞き取ることも理解することもできなくて、何度も聞き返してやっと理解した台詞は殆ど覚えてしまった。
まだ、覚えていた。
それに頷いた時の、嬉しそうな顔も覚えている。
結局、その後、エルシフルが来ることはなかったけれど――。
「その後、エルシフルは手続きを取ると言って出て行き……、帰って来なかった」
知らなかった。
「エルシフルが悪いわけではない。加害者の過失。それから、子供がいたから」
「……子供?」
「加害者は俗に言う居眠り運転をしていた。恐らく、無意識にアクセルを強く踏んだのだろう。急に歩道に向かって走り出したその先に、子供がいたらしい」
結果的に子供は助かり、エルシフルは亡くなった。
もういないだなんてそんなこと、しらなかった。
聞いている間、何故だか無性に目の奥が熱く、焼けるかと思った。